第18話 意味不明

----------


「まな……たろ」

 少年は意識を取り戻したのか、訳の分からない言葉を口走っている。


「何を言っている?」と俺が聞くも、彼はまだ訳の分からない言葉をブツブツと呟いている。


「……べ……う」


「ね……ふぇ……」


「お……しんだ」


 彼はずっと意味不明な単語を呟いている。止めようにもその狂気さが恐ろしく、迂闊に手を出せない。彼の目は虚ろで、手足は痺れているが何とか立ち上がった。そうして俺にこう告げた。


「おえに……けんおか……せ」


 口も痺れ始め、何を言っているか分からない。が、俺に何かを求めていることは分かる。今彼に襲われるという可能性は少ない、剣をその場に置き彼の口元に耳を近づけた。


「俺は……正義だ!」

 彼は大きな声でそう叫んだ。耳を彼の口元に近づけていたからだが鼓膜が破れそうだ。


 自身の鼓膜の安否を気にしているうちに、彼は地面に置いてあった剣を手に取っていた。さらに震えている手を抑えつつ、剣を構えた。目は虚ろながらも殺気が滲み出ている。


 その刹那。


「俺は正義だ!」


 彼は叫びながら、自分自身の胸に剣を突き刺した。俺の胸に刺すわけでもなく、自分の胸に。

 呻き声を上げながら、この世を恨むような目をしながら息を引き取った。”引き取る”という表現はあまり正しくないのかもしれない、気持ち悪い……キレの悪い死に方をしたと思う。


「くっそ」


 俺の野生の勘がそう無意識に声を出していた。

 もう少し早めに尋問をするべきだった。早めに真実を聞き出しておくべきだった。こんなことになるくらいなら。

 彼には敗北したら自殺するようにでも命令されているのか、どちらにせよ理解できない。


----------


 その場で彼の死体を見つめるだけで、物事は発展しない。俺はドラゴンの元へ向かうことした。体力はある程度回復していたようだが、それでも翼は少し折れており、ここから飛び立つことは難しそうである。


「私はまだまだやれる」と言うが、声も震えておりまだ”普通”の状態ではない。


 その少年の死体はドラゴンの元に、無防備なまま置いていくことにした。なお装備品は全て俺が身につけた。


「お前が殺したのか?」とヤツは俺に聞くが、無視を貫いた。ヤツも何度も聞くようなことはせず、そのまま眠りについた。


----------


 目の前には大きな壁が聳え立っている。その壁は、都市レインマークと草原を区切るものらしい。また、壁にある門の付近には門兵と思われる人間たちがこちらを凝視している。少年から奪った剣よりも遥かに切れ味の良さそうな剣を持つ門兵もいれば、その剣を直に受けても防ぎ切ることもできそうな甲冑を着る者もいる。


「君の名は?」

「どこから来たのか、それと職業は何だ?」

「身分を証明する物がないと、中には入れません」


 レインマークの安全対策は予想していた通りであった。身分証明が可能な物が無いと中に入ることすらできない。まして少し返り血のついた剣と盾を持ち、さらに王の風貌を感じさせるような赤いマントを羽織っている人間が”普通”であるはずがない。偏見でもなく。


 仕方がない。

 その甲冑も顔面全体を覆っているわけではない。俺は剣を門兵の目に一思いに突き刺した。僅かしかない穴から”大量の赤い液体”が飛び出てくる。

 他の門兵は俺を止める訳でもなく、怯えたようにその場で崩れ落ちていた。


 しかし、次の瞬間急に立ち上がり、そこにいた門兵の全員が剣を構えた。中身でも変わったのだろうか、顔は見えなくとも……どす黒い殺気を感じる。


「グァァァアアアア!!」


 人間では出ないような声を上げながら、門兵らは俺に襲いかかってきた。彼らは何故か剣を捨て、素手で襲ってくる。その手には人間が持っているはずのない鋭い爪もある。俺は黒ずくめの剣士から奪った鎧があるため、少しだけ耐久できるが……。


 ギギギギギギギ……


 キィィィィ……


 俺の鎧が爪によって傷をつけられてゆく。傷をつけられるくらいならまだしも、このまま攻撃を受け続けていると俺ごと切り刻まれてしまう位である。黒ずくめの剣士の鎧が元々弱いものなのか、それとも爪側が強いのか。


 だが、手順は同じ。先に鋭い爪を有する手を切り刻み、甲冑の隙間から剣を刺し込む。顔の他に膝の裏も隙間があり、そこに刺し込むことでも彼らの機動力は格段に下がる。


 何なら、大量の血を噴き出す者だっていた。

 辺り一面に赤が広がってゆく。まるでマグマのように、周りの緑という色を消失されるかのように徐々に広がってゆく。その範囲は想像より広く、半径5m以上は染まってしまっただろうか。


 この量は人間が出す血の量ではない、俺はそう判断した。

 

 となれば、答えはただ1つ。彼らはモンスターなのだろうか。彼らはしっかりと人間の言葉を話していたり、俺を見て怯えたようにその場で崩れ落ちていたりもした。人間らしい行動といえば人間らしいが、過去にモンスターも人間の言葉を話していた。ドラゴンもスケルトンも。


 残念ながら死体は消滅しており、詳しく調べることはできない。まぁ、モンスターであるのは確定だが……。


 この場で留まっていても仕方がない。門兵であった彼らは消滅した。即ち、先に進むことができる。顔を隠すため、門兵たちの甲冑を拝借することにした。中は血腥いが、顔を隠すためには仕方がない。死体は無いが、装備は残る。ある意味便利だ。


----------


 中に入ると、思い描いていた通りの都市が広がっていた。間口は狭そうだが背は高い、赤い屋根を持つ住宅が並び立っている。


 住民も多い、俺が住む村の比じゃないくらい。その住民らはほぼ全員俺の方を向いている。それもそうだ、俺の身体は少々血で塗られている。甲冑を拝借したつもりだが、それでも微量な赤い色で上書きされている。尚更不審感が勝っているのだろう。剣も腰に差しており、住民に危害を加えるつもりは無いとアピールしているはずだが。


 ざわざわ……ざわざわ……ざわざわ……


「通報するべきか?」

「門兵たちはどこに行った?」

「この人は一体……?」


 住民たちの騒ぐ音が聞こえる。目の前で騒がれてしまったら、都市の中心部に着くことすら達成できない。人に見つからないように、どうやってあそこまで辿り着けばいいのか。

 地下は……ない。地下から便利な通路でも伸びていないかと調べたが、そのようなものは一切ない。

 上も同様、屋根を伝って近づこうともしたが、甲冑も相まってそこまで機動力は高くない。辿り着く前に地面に落下する未来が見える。


 どうすればよいのか、俺には分からない。考えても分からない。


 ここから。


 ここから。


 記憶が無い。


----------


 ここは……どこだろうな。周りを見渡すが、それといって変わったものはない。

 いや、1つだけ建物がポツンと存在している。俺が過去に見てきたものではない。都市にあるものでもない。ストラート村でもアオイ村でもステラ村でも見たことがない建物だ。


 この建物以外には、野原が広がっているだけで何もない。人どころか他の生物もいない。虫の鳴き声すら聞こえないこの環境におもわず発狂さえしてしまいそうなくらいの重い空気が辺りを覆っている。


「ここは、どこだ」

「俺は、誰だ」

「誰か、いないのか」


 そう無意識に言葉を発しているうちに、辺りがどんどん暗くなっていく。太陽も見えない、月も見えない、星も見えない。

 前も徐々に見えにくくなる。自分自身が今どこに立っているのかすら分からない。元から分からないが。


 この建物……何かが違う。木造の建築物でなければ、レンガで建築されているわけでもない。専門知識を持っている訳でもないが、それでもこの建物からは違和感を覚える。


 入り口が見える。俺はそこに入ってみることにした。


----------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る