放課後の先輩と後輩ちゃん

雨田キヨマサ

放課後の先輩と後輩ちゃん

「ねぇ、先輩」


 放課後の空き教室。秋の涼しい風が二人の頬を撫でた。


「ん?どうしたんだ?」


 わざわざ後輩の教室までやって来た男子生徒は、ノートから目を上げて、女子生徒の目を覗き込んだ。


「私たち、付き合ってるんですよね?」

「いや、付き合ってないです」

「え?」


 女子生徒は硝子のような目をぱちくりとさせる。そこには疑問の色が浮かんでいる。


「え? いや、なんで大前提で齟齬が生じるんだ後輩よ」


 男子生徒は胡乱気な表情をして、小首を傾げた後輩の少女を見た。


「私、てっきりもう付き合ってるのかと思ってってました」

「てっきりもぽっきりもあるか。第一いつ告白したんだよ」

「ぽっきり一ヶ月前からです」

「ぽっきりか」

「ぽっきりです」

「てっきりもぽっきりもあったみたいだな」

「ええ」


 男子生徒の表情は相変わらず優れない。


「で、だ」

「はい」


 手に持ったシャーペンを女子生徒に突きつけた男子生徒は、推理のその結末を告げる探偵のごとき仕草で言う。


「ぽっきり1ヶ月前、告白してもされてもいないと思うが」

「はい」


 事も無げな様子で女子生徒は頷いた。それが何か? とでも言わんばかりの顔で。


「じゃあ付き合ってないじゃないか」

「先輩ならゴリ押せるかなって」


 先輩を先輩とも思わない発言に、男子生徒は思わずため息をつく。


「可愛い顔して何言ってんだ」

「照れます」

「真顔だけどな」

「心臓バクバクですよ」


 言われてみれば、ほんのり少女の頬はほんのりと赤く色づいている。男子生徒の悪魔が耳元で囁いた。


「ほう、どれどれ」

「きゃあっ! どどど、どこ触ってるんですか!?」


 手入れを怠っていない髪を振り乱して、少女は目の前の変態から飛び退いた。座ったいた椅子が大きく揺れて、バランスを崩す。


「どこって、胸だが?」

「胸だが?じゃないですよ! てか、どさくさに紛れて揉まないでください!」


 飛び退いても、男子生徒のリーチからは逃れられず、手は胸に置かれたままだった。


「こうしないと鼓動が分からないじゃないか。それに揉むほど大きくないだろう。どっちかって言うと包んでる感じだ」

「いいから手を離せ!!」


 あまりの無礼に少女はお冠だ。いくら先輩と言えど、思わず手が出てしまう。


「ぐべっ! ……殴ることないだろう」

「先輩嫌いです!」


 顔をリンゴよりも紅くして少女は叫んだ。


「俺は好きだぞ、後輩よ」

「……きらいですっ!」


 少しトーンダウンした罵声が秋の風に溶ける。


「はっはっは、いでっ、え、なんで殴った今」

「しりませんっ!」


 日が落ちてきて温度の下がった風が、熱を孕んだ少女の頬には丁度よかった。

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