第2話殺シノ稼業
確かに俺は、ついさっきまで一人の人間を殺すつもりでいた。しかし、コイツが言う様な殺しを生業としている『プロ』なんかになる気などさらさらなかった。っていうか、本当に殺し屋って存在したんだ…。漫画やドラマだけの話じゃないのか。
イラン人の勧誘にYESもNOも答えられないでいると、『イイモン見セテヤル』とか言い出して俺を何処かへと連れ出した。案内されるまま到着したのは、市営住宅の屋上。このシチュエーションで見れる良い物といったら花火くらいしか想像つかないんだけど。
そんなお気楽な俺ごときの思いつきなどを嘲笑うかの様な現実が、今まさに行われようとしていた。
「オイ、アソコ見テミロ」
イラン人が指差す先には、時代に迎合しない連中、『暴走族』がたむろしていた。不良界隈に明るくない俺でもヤツらの事は知っている。この辺一帯で幅を利かせている『Flying Squirrel(フライング・スクイラル)』というチームだ。人数こそ少ないが、どいつも振り切れたキチガイとの噂を良く耳にしていた。そんな危ないチームの元に、静かに近づく小さな影がある事に気付いた。
「始マルゾ…」
ここまでのお膳立てをされりゃ、どんなバカでも分かるだろう。あの小さい子は、コイツが言う『殺し屋』で、そのターゲットが族の連中…。これから始まるのは、プロによる一方的な殺し。そんなフィクションみたいな光景を目の当たりに出来る!!
そう理解した時、俺の鼓動は小さく高鳴った。平常時とも興奮時とも取れない曖昧な感情を抱きながら、フォーカスを数百メートル離れた『現場』に合わせると、それは本当に瞬く間ってヤツで開演から終演まで一気に駆け抜けた。
俺の目でも見えたのは、チカチカと短く現れた僅かな光と、バタバタと倒れて行くF・Sメンバーの姿だった。はっきり言って何が起こったのかは分からない。間近で見ていたとしてもその情景を把握するのは難しかっただろう。それほどあっけないものだった。
殺戮シーンってもっとこう、ワチャワチャっとしてるイメージだったんだけど、実際には凄く静かで淡々と行われていた。何ていうか、プロって感じ。スゲェなぁ。
いや、でもさぁ…、あれだけの死体の山築いちゃって大丈夫なの??これが明るみになれば全国ネットの大ニュースだぞ。明日の朝刊載っちゃったなぁ!!なんて素人ながらも心配していると、遠くから響くサイレンの音が聞こえた。
「ねぇ…、警察来たんじゃないの??ヤバくない??」
「ヘーキヘーキ。ソンジャ、メシデモ行クカ?」
余裕綽々って面してやがる。これがこの人たちの日常なんだ…。っていうか、こんな事が日頃行われていたなんて、俺は全く知らなかった。生まれ育ったはずのこの街が、何処か別世界に思えて仕方なかった。でも不思議と怖くはない。好奇心の方が勝ってしまったのかな。そして、未知の扉をブチ開けてくれたこの変なイラン人の話をもう少し聞きたいと思ってしまった。
―――――…………
「チキータ、オツカレサン」
「誰?そいつ?新入り??」
ご飯のお誘いを断れなかった俺を近所のファミレスまで連れてきてくれたイラン人は、一人の小さな女の子と落ち合った。何でもこの子がさっきの殺戮ショーの主役らしい。遠目でも大人ではないと分かってはいたが、こんな小学生だったとは思いも寄らなかった。見た感じ南米系の出自かな?でも日本語はイラン人より流暢だ。
店内に入り、喫煙席を選んだイラン人は案内された窓際の席を断り、屋内のなるべく内側の席に変えてもらっていた。これも殺し屋の作法だったりすんのかな?
「ヨシ、オマエラ好キナモン頼メ。ソウダ、オマエ煙草吸ウ??」
気前のいい台詞を放ったイラン人は、何のつもりか俺に煙草を勧めてきた。そんなん吸った事ないけど、さっきの殺しを目撃してからこっち、落ち着かない気分だったのが悪かったのか、差し出された煙草に手を伸ばそうとしていた。
「やめときなよ。タバコなんか吸ってもいい事ないよー」
そんな愚行を止めてくれた女の子は、メニューと睨めっこをしていて、その姿はそこら辺にいる外国人の子供と何一つ変わらない様に見えた。けど見た目に騙されちゃいけない。確かにこの子は、直前まで大量殺人を行った紛れもない殺し屋なんだ。
「つーかさぁ、いい加減オマエって呼ぶのやめてくんね?俺には『テツヤ』って名前が――……」
パシンッ!
少しの痛みと大きな驚愕に襲われた俺は、誰に何をされたか分からなかった。ジンジンと熱を帯びる頬をさすりながら身の回りを確認すると、姿勢を整え終えた女の子が目に入った。俺はこの子にビンタされたのだ。なんつー早業…。それでいて傷つける意思がない事を悟らせる力加減…。プロの殺し屋のテクニックを生で体験しちゃったのか…??いや、それよりも、俺何か悪い事した!?
声にならない疑問を頭上に浮かべたハテナマークで必死にアピールすると、深い溜息を一つ吐いたイラン人が答えを教えてくれた。
「イイカ…、オレタチノ間デハ本名ハ『タブー』ダ。今後イッサイ自分ノ名前ハ言ウナ。分カッタカ?」
そ…、そういう事かぁ…。でも、それならそうと前もって言ってくれよッ!!そんな闇社会の常識なんざ知ってるワケねーんだから…。
無知な自分と小学生にビンタされた情けなさで泣きそうになっていると、そのビンタの発送先である女の子が何やらブツブツと考え込んでいる事に気付いた。そしてポンッと一つ手を叩くと、俺の新しい名前を提案してくれた。
「じゃあさぁ、コイツのコードは『ゼータ』にしよッ」
テツヤ→テツ→鉄→Fe→元素番号26→アルファベットの26番目『Z』→ゼータ…っていう思考の連想らしい。コードネームなんてそんな適当でいいんだって。その話の流れで、二人のコードネームも教えてくれた。
イラン人は『アミーゴ』、元々イランの人の事をアミーゴと呼ぶのは世界共通らしく、『組織』の中でそのまま彼のコードになったのだとか。そんなトリビアも初めて知ったなぁ。外国人文化には多少の覚えがあると思ってたけど、全然知らない事ばかりだ。つーかアミーゴってスペイン語じゃねーの??
女の子の方は『チキータ』、メキシコ以南のスラングでお嬢さんという意味だとか。何人かはハッキリしていないらしく、本人は日本で生まれたという事以外は何も知らないと言う。親に捨てられた所を『組織』が拾い、教育を施し磨き上げた異色のアサシン…。
そう…、二人はこの街に巣食う多国籍結社に属している。その『組織』について、アミーゴが静かに語り出した。
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