BLACK MARKET

碑文谷14番

第1話殺シ屋入ル??

「市長!!都市開発のプロジェクトを白紙に戻すというのは本当なのでしょうかッ!?」


「外国人労働者のコミュニティが市の治安を悪化させているという声も上がっています!!今回の件との関わりはッ!?」


 駅前ロータリーで休憩しているタクシーから漏れるラジオからは、マスコミに質問攻めされている市長の会見が実況されていた。まだ子供の俺には、何の事だかサッパリだ。それよりも俺は、駅から出てくる人間の品定めに躍起だった。

 狙い目は、ある程度歳を取ったサラリーマンだ。高そうな背広か時計でも着ててくれりゃ御の字だ。目的は『金』。俺にはどうしても金が必要だった。けど、小遣いが欲しいワケじゃない。妹の為なんだ…。


 一ヶ月前、俺たち家族は親父の運転する車に乗って、市の東側にある人気のない山道を走っていた。その時は夜も深い時間で、車のヘッドライト以外の光源は全くなかった。自宅まであと数十分ばかり時間が掛かる。俺はうつらうつらと寝るでもなく微睡みの中にいた。そのせいで、何が起こったか全く分からなかった。

 気付いた時には、炎が上がる車を呆然と見つめるしか出来る事がなかった。運転席にいた親父と、助手席にいたお袋は、もう息をしていない。俺と同じく後部座席にいた妹を無意識の内に庇っていたが、その妹も頭から血を流し、意識はなかった。


 奇跡的に無傷だった俺は、警察や病院での手続きを子供なりに頑張って行った。暫く立て込んでいたやる事が片付くと現実感が急激に襲ってきて、その時漸く理解した。俺は両親を…、家族を失ったんだ…。静かに膝が震え、目頭には熱いものが込み上げてきた。本当なら声を上げて泣きたかった。だが、メソメソもしていられない。何とか一命を取り留めた妹は、まだ意識を失ったままだ。彼女は何としても守ってみせる。それだけが今、俺を突き動かしているのだ。

 しかし悪い事っていうのは立て続くみたいで、警察からの連絡がさらに俺を逆境へと追いやった。何と、親父の車は保険に入っていなかったと言うのだ。しっかり者の親父がそんないい加減な事するワケがない。何かの間違いだ、と訴える俺の言葉も空しく、俺たち家族の悲劇は『無保険の車の単独事故』として処理された。

 それの何が困るかって、妹にはこれからも治療が必要だ。その医療費はどっから出せばいいんだよ。お年玉貯金だって大して残ってないっていうのに……。


 と、いうワケで、俺はこれから強盗に手を染めようとしているのだ。丁度いいカモも見つかったし、俺はホームセンターで買ったでけぇカッターナイフを握り絞め、金ピカの時計を左の袖からチラチラ見せるおじさんのケツを追いかけて行った。

 良い塩梅におじさんは、近道なのか公園を横切ろうとしていた。これはチャンス!!ここなら多少物音がしても聞かれる心配はないだろう。後ろから襲いかかって、一気に頸動脈を掻っ切るッ!

 自慢じゃないが、俺は今まで悪事を働いた事はない。しかし、不思議と恐怖心はなかった。妹の為ならお兄ちゃん頑張っちゃうぞ。と、意を決して行動に移ろうとしたその時、おじさんとの間に黒い影が割り込んできた。


「オマエ、殺シ屋入ル??」


 暗い中目を凝らすと、片言の日本語を話すイラン人が、大層なロードバイクに跨り俺を見つめていた。何だコイツ!?と、気を取られている間に、おじさんは公園を抜けてしまっていた。今日、何時間もかけて見定めた獲物を寸での所で取り逃がしてしまった事に腹が立ち、俺の関心は妙なイラン人に向けられた。

 ドロップハンドルのご機嫌な曲線がやけに癪に障り、俺の形相は酷いもんになっていただろう。そんな事など気にも留めないイラン人は自転車を下り、悠々と俺に近づいてきた。俺はハラワタが煮えくり返りそうになりながらも、未だ握り絞めているカッターナイフをソイツに振りかざす事は出来なかった。この男、何か変な感じがする…。


「オマエ、幾ツ??」


「じゅっ、十五…。中三…」


 聞かれた事を素直に答えてしまった俺は、その時点でコイツに気圧されていた。この街は工業都市で、世界各国から安い人件費で労働者を雇っていた。だから外国人なんて珍しくも何ともない。しかし、このイラン人は俺が見てきたどの外国人にもない雰囲気を纏っている。上手く言えないけど、只者じゃないって感じ。恐らくは俺が武力行使した所で、屁のツッパリにもならないだろう。

 流されるまま公園のベンチに座らせられ、少し話をする事になった。聞けばコイツ、ずっと俺を観察していたらしい。それは、俺が強盗をやろうと思い立ち、駅で獲物を物色している間中ずっと…。なのに俺はそんな視線に気付きもしなかった。周りが見えてなかったって事だ。そんな状態で強盗殺人を実行したら、違う誰かに見られていたかも知れない。妹の医療費を賄っていくには、俺は捕まるワケにはいかないのに…ッ!

 自分の詰めの甘さに気付き、唇を噛みしめていると、イラン人はもう一度あの言葉を放った。


「オマエ、殺シ屋入ル??」

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