決戦の地へ

「ここが首都アルブスなのか……」


 かつて繁栄した街は見る影もなく、ライブ配信されている映像で見た通りに街の惨状は酷いものだった。俺達がここに来てからずっと鳴り響く銃声や砲弾の音に焼け焦げた匂いに鼻も耳もおかしくなりそうだった。

 それに、道を塞ぐように多くの瓦礫や人間とゾンビの数え切れない程の遺体がそこらじゅうに積み重り合うよに倒れていて、目を背けたくなる光景ばかりだった。


 俺の全ての五感が今ここにいる事を拒絶しているみたいに体が震えて、足を動かそうにもなかなか動いてくれない。


「律君大丈夫?」


「あぁ……ただの武者震いってヤツだから大丈夫だよ。うん……大丈夫」


「うーんっと、私には大丈夫そうには見えないけどなぁー」


「そうかな……? あっ、でも結構な勢いで来たから抗ウィルス薬が足りるかちょっと心配になってきたかも」


「フフフ……その事なんだが、大丈夫だ律! こんな事もあろうかと姉御に予備の抗ウィルス薬をこのツナギ服にいっぱい入れてもらったんだ」


「いつの間にそんな事してたんだよ?!」


「朝ご飯を食べ終わってから思いついたんだ。それに、こういう時にこそ皆でバスターズ感を出そうと思ってな、姉御達に頼み込んでタンク型銃とツナギ服を用意して貰ったんだ」


「いや、バスターズ感は今必要じゃないけど凄いよ悠音!」


「どうもありがとう! ちなみにツナギ服は皆お揃いのオレンジで統一してあるから律も早速着替えてくれ」


「ええ……俺はあのーそのーだな」


「めちゃくちゃかっこいいから、律さんも早く着替えて下さいよ。でも、こんなにかっこいいオレンジ色のツナギ服なのに何故か女性陣からは不評で」


「うん……だと思ったよ」


 そう言えば改造トラックに乗ってる時に悠音と奏太が後ろで何かゴソゴソやってたけど、コレの為だったんだな……。


「でも、このタンク型銃どうやってゾンビに使うんだ?」


「良い質問だ律。奏太君、答えて差し上げなさい」


「ハイッス! このタンク型銃には百億人分の抗ウィルス薬が入っていて、その銃をゾンビの口目掛けて放り込めばいいんッス。

ただし、とてつもなく重いから歩くスピードが山に芝を狩るお爺さん並に遅くなるのが弱点でもあるッス。ねっ、悠音さん」


「うん、完璧な説明だぞ奏太!」


「…………。俺、やっぱりツナギ服だけにしておくよ」


「じゃあ、律キュン達が使わない分は四姉妹で使わせもらうわね。これがあれば多くのゾンビになった人を救えるんでしょ。なら、私達が救ってやろうじゃない!

着いてきな桃子、梅子、撫子。私がトラックを運転するからあんた達はトラックの上で抗ウィルス薬をぶちかましなさい」


「姉さん了解よ!」


「任してちょうだい」


「それじゃね~! 律キュン達健闘を祈るわ」


「うん! 皆も気をつけて」


 なんて頼もしい人達なんだ。

 しかしもあの重たいタンク型銃を軽々とトラックの上に乗せて颯爽と戦地へと向かっちゃっうし、ほんとオカマ軍団……いや、桜子さん達は凄いよなぁ。


「よし、俺達も行こうか」


「うん、行こう!」


 俺達は街の中心街へと急いだ。

 道中に出会った全てのゾンビに俺達は片っ端から抗ウィルス薬を打ちまくった。抗ウィルス薬を打たれたゾンビは動きが止まり、徐々に肌の色や姿が人間らしく戻っていくようだった。でも、完全に人間に戻るにはまだまだもうちょっと時間がかかりそうだ。


「この辺りにいたゾンビは大体抗ウィルス薬打てたね」


「そうみたいですね詩さん」


「でも、何で腐敗の進行が早いゾンビに抗ウィルス薬を打つと体が砂のように跡形もなく消えてしまうんだろう?」


「抗ウィルス薬ハ、ゾンビニナッタ人間ヲ元ニ戻ス薬デス。

アラユル傷ヲ治スチカラハナイノデ、ヤハリ腐敗ガカナリ進行シタゾンビヲ元ノ人間ニ戻ス事ハ残念ナガラ出来ナイノデショウ」


「俺達は結局全てのゾンビを救う事は出来ないんだな」


「律様、ソレデモ救イヲ待ッテイル人ヤゾンビガ沢山イマス。

誰モガ幸セニ暮ラセルヨウニ、コノ理不尽ナ世界ヲ終ワラセマショウ」


「うん! 先を急ごう」

 

 俺達の行く手を阻むようにゾンビが次から次へとやって来た。


 もう……ためらわないよ。


 だけど、きっと何処にゾンビと共に人間が生きれる世界があったと思うんだ。だって、俺達がその代表みたいなもんだからな! でも、人間とゾンビが戦争を始めた今それはもう叶わなくなってしまったんだ。


 今はこの戦争を一刻も早く止めるために、俺は抗ウィルス薬をゾンビに打ち続け先へと急いだ。


「…………ん?」


 えっ?! ちょっと待ってよ! 普通のゾンビの中に何か巨人ゾンビに大男ゾンビにクリーチャーとか交じってるんですけど?! こんな歴代の猛者達が集まってるなんてもうこの世界めちゃくちゃだよ。


「アリアちゃん行くよ」


「ハイ、詩さん」


「本当ニ御二方共頼モシイデスネ、律様」


「いや、KAGUYA俺らも詩達の後に続くぞ」


「ハイ! 律様……本当ニ変ラレマシタネ。最初ニ私ト出会ッタ時トハ大違イデス。貴方ハモウ誰ガナント言オウトモ私ノヒ……」


「えっ、何? KAGUYA今何か言ったの? 段々、戦闘が激しくなってきてるから音が拾えないよ」


「イエ、何デモアリマセン」


 KAGUYAの言った事は余り聞き取れなかったけど、不思議と心が軽くなった気がした。全てが終わってからもう一度KAGUYAに聞いてみよう。


「あっ、しまった! 巨人ゾンビの手の投げる方向間違えちゃった。律に悠音に奏太、危ないから避けて~」


「アリア、ちょっと何やってくれてんスか?!」


「フッ……見切ったぞ! 僕の華麗なる音ゲーステップで全て避けきってみせる」


「えっ?!」


 大きな巨人ゾンビの手が俺と悠音と奏太の頭上に迫ってきた。


「もうダメだ……殺られる」


「何だよ律! これくらいでもうへばったのか?」


「いや、律はこれくらいじゃあへばらないでしょ」


 えっ、この声ってまさか……いや、でも生きていたなんて……。あの時、俺に生き様や仲間の大切さを教えてくれた。それは今も俺の心の支えになっている。もう二度と会えないと思っていた……だけど。


 巨人ゾンビが倒れ、砂埃が舞う中二人の影が見えた。


「うん……こんな巨人ゾンビの腕を真っ二つに出来るのは、キョウくらいしかいないよな」


「当たり前だ」


 こんな状況じゃなかったら、きっと凄く喜べたのに……。けど、相変わらず響はヒーローが遅れて登場する一番かっこいい場面を全部持っていきやがるよ。悪気は無いんだと思うけど、流石としか言い様がない。


「律、遅くなったけど僕達も一緒に戦うよ」


「ありがとう楽君がっくん


 俺達は響や楽君の助けも借り、何とか中心街に辿り着いた。まだ、かろうじて倒壊していないビルに俺達は上り、屋上から中心街を見渡した。


 中心街はゾンビに全てを奪われないように人間が最後の抵抗していたが、人間を取り囲む様にゾンビの集団がじわじわと押し寄せていた。


 この何処にきっとカグヤがいるんだ。絶対に俺達が止めてみせる。

でも、ゾンビの数が多すぎてここからじゃよくわからない。どこだ? カグヤは何処にいる?


「律様、ゾンビノ群ラガッテイル部分ノ一つニ空洞ガアリマス。彼処ニ私ガイマス。今、アノ場所ノ音声ヲ拾イマス」


「人間共に更なる絶対を…………だが、その前に私の魂を回収しなければ」


 えっ?! 今、カグヤがこっちを見た? いいや、そんな筈ないよな。だって、ここからかなり離れてるし、無数にあるビルからピンポイントにこの場所を特定出来るはずが無いのに……。


「どうして……。カグヤ、君がここにいるんだよ?」


「そろそろ私の魂を返してもらおか」


 俺達の前にいきなり現れ、立っているカグヤは過去の世界で見たカグヤとは全然違っていた。腐りきった肉体や骨だけしかない姿を隠すように白いベールに白いドレスのようなローブを全身に身にまとっていた。その姿はゾンビというよりか、死神そのものだった。


「なぁーカグヤ……。もしも魂をお前に返したらこの人間とゾンビの戦いを止めてくれるか?」


「それは出来ない。私と同じ様に人間にも私が背負った痛みや苦痛を永遠に味合わせてやる」


「それなら渡す事は出来ない」


「律様……」


「なら力強くで奪うのみだ」


「律様、私を置いて逃げて下さい」


「えっ?!」


 俺が一瞬瞬きをしている間に俺の左腕がいつの間にかカグヤの細く骨ばった手に捕まり、俺の体が宙吊りにっていた。そして、仲間達はカグヤに立ち向かったが全部殺られ気を失い横たわった。


「この様な場所に私の魂を隠していたとは」


「やめろ……頼むからやめてくれ。俺達はカグヤを助けに来たんだ。だから、こんな事はやめてくれ」


「私に救いなど必要はない……」


 カグヤは俺の話には全然耳を傾けず、俺からKAGUYAの時計だけを取り外しカグヤ自身の手でぐちゃぐちゃに時計を壊し魂を取り出した。そして、水を飲み干すかのように口から魂を体内に入れ俺達の前から去り戦場へと戻っていった。


 絶望が押し寄せてくるようだった。


 俺は粉々に壊れた時計を集め、何度も何度も呼び掛けたがKAGUYAからの応答はなかった。


「KAGUYAはもう居なくなってしまった……」


 俺はこの絶望の中、倒れた仲間達と無惨にカグヤに殺される人間を呆然と眺めている事しか出来なかった。

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