第21話 雷鳴
おれは焦っていた。
昼間であるというのに辺りは薄暗く、薄っすらと群青色のモヤが周囲を満たしている。目印となる塔を求めて宙を見渡すが、ぼやけた空と、濃い影を作って生い茂る木々の枝葉が見えるだけで、今どちらに向かって走っているのかさえ分からなかった。
近くを走るイッセイの顔にも余裕がなく、額にくっきりとした汗を浮かべている。背中で意識を失うアカネの朝顔色が良くない。
おれたちは遺跡の深層へと立ち入り、そして迷っていた。
おれたちは打ち合わせをした次の日、夜も明けない内にギルドに集まっていた。
おれは、ギルドのエントランスの壁面に貼られた遺跡の地図を見て、採集ポイントをチェックする。
暗黙の了解で、ギルド職員の引率で周る場所の付近では、それに参加するもの以外の採集は行わない事になっており、必然的に、少し奥に行った深層に近い部分での探索となってしまう。
アカネとイッセイは、別のところに張り出された、個人依頼用の貼り紙を見ていた。
「この淫恍虫の体液。って何かしら。20kgってなってるけど、中々良い報酬だわ。」
「こっちの阿加の実というやつも気になるな。香りが良いとある。見つけたら持ち帰ろう。」
前者は、以前シルヴィアが詳しく教えてくれた、精力剤になるという、芋虫の体液で、20kgと言うのはかなりの量である。個人でどれだけ使うというのか。
そして後者は、お菓子の原料にもなるという、香ばしい香りのする木の実だ。恐らくはタバコの調合にでも使うつもりだ。
とりあえず今日は、時間と範囲を決めて、出てきた物を狩るという方針で行くことにした。
そして、装備を点検しながら、夜が明けてきたのを確認すると、おれたちは遺跡探索へ向かった。
探索は概ね順調だった。
現代でも目を見張るような、巨大なガラスで出来た建造物。それをぶち抜く巨木や絡みつくように伸びる枝葉。
奥に行くにつれどんどんダイナミックになる地形に目を奪われながら、足を進める。
そして、巨木の根で出来たトンネルを潜り抜けたところで、ため池でごくごくと水を飲む魔獣に出くわした。
侵入者の気配を感じ、こちらを振り向いたそいつは魚の様な顔をしており、いつか見た青い半透明の棘を体のあちこちから生やしていた。活動時間ではないのか動作がかなり緩慢である。動くたびに、体の棘がしゃらりしゃらりと鳴った。正面から見るとミノカサゴの様にも見える。
あれは確か。俺は魔物に集中する。
“ナムホーン”
【雷魔法】
以前拾った、なかなか良い値で売れた棘の持ち主か。あの量だと、かなりの収入になるな。
「なんだか眠そうね。」
こちらを向くも、ぽけーっとして動く気配がない魔物をみて、アカネは緊張感を無くした声でそう言うと、片手をあげて魔力を練り始めた。
活性化した魔力につられるように周囲の空気が渦を巻く。あっという間に、掌サイズに圧縮された魔力を、アカネは魔物に向かって打ち出した。
頭の中で金勘定をしていたおれが、その流れるような所作に呆気に取られているうちに、魔力の塊は魔物にせまり。
パチンと弾けた。
おい……
気持ちよくまどろんでいた魔物が、怒りのこもった目でこちらを睨みつける。
「なにやってんの!?」
「あら、ちょっと少なかったかしら?」
アカネが惚けているうちに、魔物がぎゃおん!と鳴き声をあげ、体の棘がバチバチと音を立て始める。
あ……やば
「こいつ雷を使う!」
「云うのが遅いぞ!!」
イッセイが焦ったように声を上げ、前に飛び出す。
次の瞬間。かっと視界が白くなり、同時に耳を引き裂く様な雷鳴が鳴り響いた。
あまりの衝撃に頭が痺れ動けなくなる。しかし身体は無事なようだ。
恐る恐る顔をあげると、土埃の中で、地面に突き刺さった鉄棍が煙を上げていた。周囲は黒く焼け、焦げたにおいが鼻をつく。
「みんな無事か!?」
「ええ、……なんとか。」
「コウイチ、”観た”なら早く云ってくれ……」
「……すみません。」
おれが反省していると、今度は地響きが聞こえてくる。慌ててナイフを抜き構えると、土埃をかき分けて、こちらに突っ込んでくる魔物の姿が現れた。
1番前にいたイッセイが慌てて横に飛び退く。
こいつ、意外と速い!?
おれも、近くにいるアカネの掴みやすい腰に、腕を回して持ち上げながら、イッセイとは逆方向に避けた。
魔物が後方の建物に突っ込み、ガラガラと音を立て崩れた。
息を荒げて、その様子を見ていたが、瓦礫を跳ね除けて立ち上がった魔物が、アカネを見つけると、更に目をちな走らせながら向かってきた。
俺は、何やら魔力を練り始めたアカネを抱えたまま、また走った。後ろに迫る魔獣の存在を感じる。するとそこで、アカネが地面に魔力を流し込んだ。勢いよく地面が隆起する。それはかなりの範囲で、おれたちは押し出される様に転倒した。魔物もぎりぎりで正面は回避したが、バランスを崩して横倒しになった。
その隙を見ておれたちは、イッセイと合流する。イッセイは瓦礫から拾い上げた棘をこちらに投げてよこした。
「アカネ、次こそ頼んだぞ。」
そう言って、おれとイッセイは魔物に向かって駆ける。
魔物は既に体制を整え、またバチバチと音を立て始めていた。おれたちはそれを見て、拾った棘を魔物の近くへ投擲する。
間をおかず閃光と轟音が鳴り響く。しかし発生した雷は、地面に刺さった棘に吸い込まれていった。
そして、準備が終わったアカネが、今度は身の丈ほどの球を生み出すと、魔獣な向かって再度打ち出した。
魔力の塊が、ごおっ。と音を立てて地面を滑っていく。
それは瞬く間に魔獣に迫り……木っ端微塵にして吹き飛ばした。
おれたちは、粉々になって溜池に散っていく破片を、唖然として見守った。
薄々感じていたが、アカネは魔力の制御が苦手らしかった。
次に現れたのは、牛柄の兎だった。
”ブチウサギ“
【耐火】
こいつは、昼間でも活動する魔物で、肉が美味く、皮は薄いが火に強い為、火を使う場所での保護具なんかに使われたりするらしい。危険度は低いはずだ。
『みゃう』
「あら、可愛いわね。」
「噛むから近づくなよ。」
今にも手を差し出しそうだったので制止した。
アカネはすごく残念そうにして、狩るのは可哀想ね。などといって兎を愛でる。まあ無視して行くのは構わないが……。
『みゃう』『みゃう』
増えた。
『みゃう』『みゃう』『みゃう』『みゃう』
どんどん増えていく。
「これ、囲まれてないか?」
イッセイに言われて、周りを見渡すと、地面を埋め尽くすほどの数の兎が、ぐるっとおれたちを取り囲んでいた。
スタンビート……。
ここに来て一気に危機感が高まる。
例の魔物によって、大型の魔獣が無差別に殺害された。
その結果、小型の魔獣が増えていると聞いてはいたが。
『『『『ゲエッ』』』』
突然、可愛い声で鳴いていた兎たちが、大きなゲップの様な音を鳴らし始めた。この数で、である。かなりの音量となって、不快な音がひっきりなしにおれたちを襲う。
アカネがひいっ。と小さく声を上げた。
なにか、なにか忘れてないか?
キールとの雑談の中でした話しが思い浮かぶ。
「あいつらは焼いて食うと美味ぇ。だが、奴らも美食家でな。狩った肉を焼いて食うんだ。」
一回り大きい兎が現れる。ギラリと光る歯。奴がそれを強く打ち付けると、小さな火花が散った。
辺りが一瞬で、爆風と炎に包まれた。
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