二章
第17話 根
レベルが上がったところで、1人ではまだまだ非力であるおれは、相変わらず集団での素材収集に参加し、日銭を稼いでいた。
「キールさんのそれって、どうやってるんですか?」
その日は、その透明度から装飾品や工芸品として使われるという、熊ほどある芋虫のような魔獣の抜け殻を見つけたお陰で、早々にバッグが埋まってしまった。
物陰に湧いた猫を切り捨て、ひび割れた抜け殻を集め終わった後、時間を持て余してしまったおれは、相変わらず鮮やかに獣を狩るキールに、ふと尋ねた。
「おれも知りたいっす。」
採集もほどほどに、おさげの女性とのお喋りに夢中になっていた、ぺちゃんこの鞄を持ったミトも興味津々の様子で寄ってきた。
「あんまり人の懐を探るような真似をすんじゃねえ。つって不快に感じる奴もいるから、そう言う事を聞く時には気をつけろよ。」
と、キールは全く気にしていない様子で言った。
企業秘密というやつか、と納得する。
そしてキールは、その企業秘密を教えてくれる様で、得意げにおれの足元を指さした。
「根を張ってるんだ、遺跡中にな。」
おれとミトは、自分の足裏を見て首を傾げる。
キースは、それを見てニヤリと笑い、さらに白い粘りのある液体の入った容器を取り出した。
それは、糸を操る魔獣からとれる粘液に、自分の魔力を染み込ませたものらしい。
彼はそれを操って、細い糸状にしてみせると、シュッと飛ばして地面に打ち込んだ。
「これを、こうやってそこら中に張っておいてな、必要な時に感覚を繋いでおくんだ。」
そうすると、振動や魔力の揺れなどで、その上を通る生き物の動きが分かるらしい。
もちろん彼に遺跡を覆うのに必要なほどの魔力はない。
だから彼は、少しずつ、その根を広げてきたのだと言う。この遺跡に潜り始めた30年近く前から、今に至るまでずっと……。
得意げになるのは納得だ。一朝一夕で真似できるものではない。
「そんなの……、すぐ真似できないじゃないっすか。」
ミトは不満そうに言った。
「強くなるっつーのはそういうもんだ。いきなり強大な力を手に入れたところで、振り回されて自滅するのがオチさ。お前らはまだ若い、今は自分に何が出来るかを見極め、しっかりそれを磨いていく事だな。」
「おれにはキール先輩に選んで貰った剣があるっす。」
「お前はまず、女のヒモになんかなってねえで真面目に働け!」
すでに研修期間は終わっている為、他人の稼ぎにどうこう言う理由はないが、ミトのそれはあまりに目を見張るようで、勇ましく剣を掲げる彼を、キールは蹴り飛ばした。
ヒモって……え、そういうこと?と、蹴り飛ばされた彼を心配するおさげの女性を、おれは呆然と見つめた。
「なんか、今日変っすね」
夜行性の魔獣が狩場にしているという、その採集ポイントに着くなり、ミトはそう言った。
おれも、今日の分はすでに採り終わっていたが、単独で遺跡を歩いて帰還する気にもなれず、着いてきてる。
キールも何か感じているのか、油断なく周囲に神経を走らせていた。
「縄張り争いでもあったのかもしれないな。他の力の強い魔獣で近くに現れたか……。」
いつもであれば、襲われた魔獣の残骸であったり、彼らの排泄物であったりが転がっているのだが、今日はそれが見当たらない。
他の冒険者も、当たりを散策しながら、ショボい結果に不満そうにしている。
「今日はもう一つ当たってみるか」
特に、付近には危険を感じなかったキールは、気負いなく、周りに声を掛けた。
それは次のポイントに向かう道中のことだった。
「おいおい……」
キールは顔を険しくして言った。
そこには、トラックほどのある、硬そうな鱗に全身を覆われた、足のがっしりとした魔獣の死骸が残されていた。長く器用な尾と舌で相手を補足するらしいその魔獣の死骸は、頭をぐちゃぐちゃにされている以外は大きな損傷が見られない。
さまざまな獣が跋扈するこの遺跡内で、この様にまるまる綺麗に死骸が残っていることは珍しいらしく、その異常さにキールが緊張しているのが分かった。
「すぐここを離れるぞ」
キールは、滅多に見られない大物にいろめき立つ冒険者たちに一括する。
不満そうな顔をした彼らだったが、上位の者に逆らう気概もなく、文句を言ったところでここに取り残されるだけであって、早足に立ち去ろうとするキールの後ろにぞろぞろと着いて行った。
「ちっ。何か居るな……」
小走りになりながらキールは素早くナイフを抜く。
方向を何度か変えながらしばらく進んでいたが、再度舌打ちをすると、手止まるように合図をした。
彼は足を止めると同時に、小ぶりのナイフをもう一本取り出すと、側の茂みに素早く投擲した。
ずるりと何かを引きずるような音がする。
その魔物は馬の様にも見えた。
大きさは先ほど見た魔獣の死骸と同じくらいある。
垂れ下がった長い首に、薄汚れた鬣が張り付いている。
胴の方はどこかチグハグで、皮膚はぐずぐずと腐った様に崩れ、異常に発達した前足は人間の様な長い指が伸び、後ろ足に当たる部分はぐちゃぐちゃに潰れてしまっている。先程の音は、その潰れた部分を引きずるものであったようだった。
「なんだ、こいつは……」
キールが警戒感を強めたのを感じる。
魔物が、ぬたりと首をもたげた。
長い前髪から覗くその顔は、猿の様な形相をしており、耳まで裂けた口がにたりと嗤っている様に見えた。
気持ちが悪い。と思った。言いようのない不快感が全身を伝わる。
そのおぞましい姿に、周りの冒険者達からも短い悲鳴があがる。
「こんなやつ、見たことねえぞ……」
額に汗を浮かべたキールが、ナイフを握り直す。
おれはそれを横目に、得体の知れない魔物に集中した。
コウダ カオリ
【種族】
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【スキル】
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【ステータス】
不浄
おれは、彼女のステータスを見てしまった事を後悔した。
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