第14話 煙

イッセイが働いているという診療所は、お世辞にも綺麗とは言えない、古びた木製の建物が過密に並ぶ居住区の側にあった。

学校の教室くらいある診察室がいくつか並ぶ、石でできた平家で、所々ひびの入った壁に、植物の蔦が屋根まで続ている。


「いっせいせんせいの、おきゃくさん?」

「こっちだよ。せんせー!」


診療所の近くで何やら作業をしていた数人の子どもが、おれたちに気づいて中へ案内してくれた。


「こっちだ。」


受付で確認をとっていた俺たちに、転がる椅子に座ったまま部屋から顔を出したイッセイが声を掛けた。


住み込みで、診療室として使わして貰っているという部屋のひとつに入れてもらう。

部屋の中は、簡素なベッド2つと、書類の積まれた机、それからガラスや金属の器具で散らかった大きめのテーブルが置いてあった。奥の方は居住スペースなのかパーテーションで区切ってある。

飲むか?と言って渡された水を、礼を言って受け取った。

イッセイは、貰った水をがぶりと飲むアカネの方をチラリと見た後、タバコのようなものに火をつけてひと吸いすると、ふぅっと煙を吐き出した。


「あれ、タバコ。手に入ったんですか?」


「ああ、これな。作ったんだ。」


伸び放題の髪と、濃くなった無精髭によってさらに野暮ったくなったイッセイは、ふた口目のタバコの煙を味わうと、得意げに笑った。

この世界でもタバコの様なものは流通している。しかしそれはごく一部の上流階級の中でしか取引されない高級品であり、一般市民のおれたちが手に入れるのは困難だ。

だから作った、と言う。

彼は、この世界に来る時に、毒生成というスキルを手に入れた。

それは文字通り、体の組織を破壊するものだったり、神経を麻痺させるものであるが。体内で生成し、攻撃や防衛の手段として使用出来るものである。

そんな物騒なスキルであるが、彼はこれを、種族特性からくる天性の魔力制御によっていじくり回し、ニコチンに近い成分を生成出来るようにしたらしい。


医薬も一種の毒であり、身体に作用する成分は、ほとんどが生成可能であるのかもしれない。

そう考えるとかなり有用な能力であるが、まだ1種類しか作れないというそれを、タバコを吸いたいがためだけに費してしまったらしい。

……口には出さないでおくが、この人バカなんじゃ。


「イッセイさんって、バカなんじゃ……」


同じことを思ったアカネが口に出して言った。



コンコン、と窓を叩く音がして、そちらに視線をやると、先ほど案内してくれた子供たちがこちらを覗き込んでいた。


「せんせー、はっぱあつめおわったよ!」


そう言って何かの葉で一杯になった籠を、頭の上に掲げて見せてくる。


「おう、ありがとな。これ今日の分だ。エレナさんが飯の準備をしてるはずだ、手伝ってやってくれ。」


イッセイに飴を貰った子供たちがわーっと走り去っていく。彼は、ちゃんと手洗えよー。といってその背中を見送った。

受け取ったのはタバコに使う物らしい。成分は必要ないので毒はなく、香り付け用だそうだ。

イッセイは作ったタバコの一部を、商人に流して、それで得たお金で炊き出しのような事もやっているらしい。

エレナというのは、この診療所で働く助手の1人だと言う。

バカは言い過ぎだったかも知れない。おれは言ってないけれど。



「アカネ。お前、血を飲んだことはあるか?」


「……どういうことかしら」


俺の話はいいと話を切ったイッセイは、世間話の続きをするかのようにそう尋ねた。聞かれたアカネは、急に温度を無くした声で聞き返す。


「お前は吸血鬼だろう。血を必要とする生き物だ。」


「……いいえ、わたしは大丈夫よ。」


「大丈夫じゃない、喉が渇くだろう。いくら水を飲んでも治らないはずだ。」


イッセイはそう言って、赤い液体の入った小瓶をいくつか取り出すと、コトリと机に置いた。


「少ないが用意しておいた。飲んでおけ。」


それは?と思うと同時に、何故だか、先程の子どもたちの顔が頭に浮かんだ。


「ふざけないで! そんなもの……勝手なことしないで!!」


彼女は激しく苛立つ。しかし、そう言った彼女の目は、その小瓶に釘付けにされており、誰から見てもそれを欲しっているのが瞭然である。

小瓶を凝視していたことにハッと気がついた彼女は、ショックを受けた様な顔をし、そして、無理やりその視線を外すと、逃げる様に部屋を出て行った。


「アカネ!」


おれは慌てて彼女の後を追おうとするが、イッセイに呼び止められる。


「お前に話しておくことがある。」


イッセイはそう言って、古びたノートを一冊とりだした。

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