第8話 ギルド
目を覚ましたおれは、のそりとベッドから起き上がると、部屋にひとつだけ付いた窓を開けた。常時点けっぱなしの小さな排気設備と相まって、埃っぽかった室内に澄んだ空気が満たされていく。
おれは、外の天気を確認してから向き直ると、素材別に分けられた大きな袋が並ぶ、住み慣れてきた部屋をぼんやりと見渡した。6畳ほどの広さであるが、素材袋と仕事道具で床は埋まり、ベッドと出口を結んだ、なんとか歩ける程度の隙間しか残っていない。
少ししてから、再度窓を閉め、素早く装備を身につけると、その隙間を縫って外に出た。
ひんやりとした空気を感じながら扉を施錠し、ギシギシと音のする外の階段を降りて行く。夜はまだ開けておらず薄暗いが、すでに幾人かの人間が活動を始めている気配がした。
6階分を降りきったところで、敷地内にある井戸に向かう。すでに先客がおり、互いに軽く会釈した。何度か見た顔である彼は、パッとしない冒険者の1人である。彼だけでなく、この古びた集合住宅の住人は皆そうであり、もちろんおれもその1人である。
丘から降り、手前の農業地区を抜け、この街にたどり着いたのはひと月くらい前になる。
街に入るための手続きは、全て隊商のまとめ役であるクレオが済ませたてくれ、仮の許可証を手に入れたおれたちは、すんなりと関所を通過した。
件の襲撃では、幸いにも死者は出ず、数人の怪我人だけの被害で済んだらしく、こっちが助けられることになってしまった、と申し訳なさそうにするクレオは、数日分の滞在費まで渡してくれた。そして、関所からしばらく進んで、壁に囲まれた地区の門をくぐったところでおれたちを下ろすと、何かあったら頼ってくれといって一団を引き連れ去っていった。
残されたおれたちは、こちらの住人から見ての異世界人という共通点以外は、馬車で乗り合わせただけの間がらであるが、ひとまずは一緒に、紹介された案内所へ向かうことにした。
街は外から見た時の印象より精錬された作りをしており、大きなガラスのはめられた石造の背の高い建物や、規則的に並んだ外灯なんかが目に入る。
おれたちの感覚からすると、レトロな街並みに目を奪われながら、継ぎ目の綺麗な石畳みの敷かれた道を真っ直ぐに進んで行くと、案内所……ギルドと呼ばれるその施設は見えてきた。要は役所と職業安定所を合わせた様な役割をする公的機関であり、この街で新しく生活を始めようとする者は、まず訪れる場所である。
ギルドに入ると、天井が吹き抜けになった開放感のあるエントランスにずらりと窓口が並んでおり、おれたちはそれぞれ案内を見ながら別れて向かった。
呼び鈴を鳴らすと、明るい髪を短く揃えた、利発そうな女性が対応してくれた。
この街に来たばかりで、仕事を探したいと伝え、仮の許可証を見せる。
「住む場所はお決まりですか?こちらでご紹介できるのが……、仕事の希望は……」
彼女は、許可証を確認すると、説明用の資料を見せてくれながらいくつかの質問と説明をしてくれる。
ふんふんとそれを見つつ話を聞いていく……ふと衝動に駆られたおれは、資料から視線をあげると、彼女に集中し閲覧の能力を使った。
「っつ!」
キンッと耳鳴りのような音がして、頭に痛みが走しり、俯く。すると次の瞬間、ものすごい力で上から誰かに頭を押さえつけられ、顔面を机に打ちつけた。
目の中が赤く染る、がすぐに冷静になり何が起こったのか確認する。
「警告。次、攻撃の姿勢を見せた場合は、即座に排除を実行します。」
一瞬にして背後に回ったらしい、先程まで正面で対応してくれていた女性が、おれの腕をキリキリと捻り上げてくる。
苦痛に顔を歪めながら、必死に頭を働かせる。
「ご、誤解です!攻撃なんて……」
「何をしようとしたか言いなさい。ここでは術の発動は禁じられています。」
「術??え、あ。ス、ステータス?の閲覧を……」
ステータスと言う言葉が通じるのか、不安になり声が上ずる。
「閲覧?……鑑定の事かしら?」
こくこくと、勢いよく頷いて答えると、ふっと頭と腕とに加えられていた力が緩んだ。
おれは、はあっと大きく息を吐き出すとそのまま突っ伏す。顔の下でぐしゃぐしゃになった資料に血が滲む。唇を軽く切ったらしく、痛い。
いつの間にか女性が正面に戻ってきている。
「初対面の女性に、いきなり鑑定とは……。気をつけて下さい、他人への能力の使用は敵対行動とみなされますので。」
女性にジトリと睨まれる。周囲からも視線を感じ、顔が熱くなる。
おれは俯いたまま、しばらく顔を上げられなかった。
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