生還 読書感想

@Mukade95

ドキュメント生還 読書感想文

山で遭難し、生還した登山者たちの本を読んだ。


まず遭難とは大体、山に登入り、何らかの事故や迷子で山から出られなくなった状況の事だ。

(ざっくり過ぎて申し訳ない)


特に一人での登山を想像してみてほしい。

この単独登山での遭難時、どんな音が聞こえるだろうか。当人に聞こえてくるのは自然の音、だと思うかもしれない。

虫や鳥、木々や草花の風に揺れる音。そして雷や雨、獣の鳴き声…。これらは想像できるはず。

ところが、実はもう一つ聞こえるはずの音がある。


それは遭難者自身の息と、服の擦れる音。そして心の叫びだ…。


私の場合、心の暗さが関係してきた。

YouTubeなどで少し根暗な感じの音楽が流行ることがあるが、これは例として分かりやすい。

本当に暗い思いをすると、そんな音楽の暗さやクールさが浅いものと思えるかもしれないからだ。

比較した表現だが、そもそもこの暗さは音などつけられないだろう。ただの沈黙で、これ以上の音は似合わないともいえる。

そして言葉はない。リズムもないのだ。

唾が出なくなるほど恐ろしい、漆黒の暗さがあるとまとめておこう。



本を読んで、私は今の自分が遭難しているのだと気付いた。


歴史ある占いでは(あまり信じていないが)昨年が『9年か7年のつらい時期を終えて解放される明るい期間が始まる』と書かれていたらしい。

そうとは思えない。まるで思えない。

迷い、行き場を失い、自信を失う。

動けない。動きたいが状況がそれを許さない。美しい風景が、殺気をもって迫りくる。つまはじきにされた私の声だけが、寂しく残される…。


この感覚は、遭難者の本を読んでようやく書けた。

実際は、山での遭難者はその場をなるべく動ないで救助を待つらしい。家族や友人が、連絡が取れなくなると通報してくれるのだとか。

しかし、私の救助を願う人がいない。私は、そんな友人も持っていない。

全て自己責任。運気も神も獣も無常なり。

ここにもし誰かが通りかかったら、助けを求めるかもしれない。

そんな状況になるような山でもなかったわけだが…。


普段なら仕事の後の夜が楽しみだ。今では地獄のようで、夜が長く感じる。寝られないのだ。

情報の海となった夜空の星が、青く冷たい光で私を照らす。

太陽にも負けないまぶしさになり、星々は私に幻覚を見せ始める。

口に入れた木の実は、鳥の糞と気づかなかった。


遭難者の中には、幻覚を見始める人が少なくない。

早く帰りたいという気持ちや死に対する不安。迷惑をかける人たちへの謝罪の気持ちでいっぱいになるそうだ。それが当人を焦らせる。


冷静になって考えてみよう。

このご時世で言うと、ウイルスと戦う仕事をする人々の状況は、きっと地獄そのものだ。険しい山を登る指ではない。凍傷になった指をしていると思う。それでも戦っている姿は、私の心を奮い立たせる。私はそこまでひどくないのだ。まだまだ何倍もいい方なのだ。

でも不安はあって心に余裕がない。休んでいいはずの時間に仕事。仕事の時間に仕事。外出時は脳みそを空にしたくなるが、消防隊の様に、デスクの前で連絡を待たなくては役立たずになる。踏んだり蹴ったりというか…

入ってはいけない沢に迷い込んだようだ。


「朝に目が覚めると、『まだ生きている』、と思うのです」

本に出てきた遭難者が、こんなことを言っていた。特に寒い山での遭難時、睡眠は死を招く恐れがある。

私は少し寝られるが、寝ている時は夢の中でさまよう。体が死を避けようとしている証拠だろうか。



今、この山で叫ぶか悩んでいる。もうすでに叫んでいるのかもしれない。

しかし、ここに迷い始めて長い。差し伸べられた手に素直に反応できるだろうか。


他にも叫んでいる者がいたら、私は先にその声の元まで旅に出るかもしれない。

仮に、その声の主と出会えたらどうだろうか?

この一帯の地図ができるかもしれない。または脱出できるチャンスを持っているかもしれない。あるいは、その声の主に食われるかもしれない…。

何がともあれ、私は駆け寄っていくつもりだ。



休日や目標に向けての活動は、私の人生の夢(楽しみ)の一つ。

尾根を歩き、山を越えれば温泉にも酒にも浸れる。そういう山があるらしい。

しかし、私は引き返すことも超えることもできない山にいる。

救助されても、きっと二度とこの山には入れさせてくれない。迷惑をかけ、周囲を不安にさせるからだ。

これは周囲への心理的攻撃ともいえる。一度遭難した登山者は、救助されたあと家族や職場の人間に山登りをやめるように言われるらしい。それは仕方がないことだ。何度も遭難されては、探す側は心も体も耐えられなくなる。それでも登るなら、それこそ道連れに等しいのではないだろうか。



私はただ安心したいだけだった。この自分で定めた一つの山を終わらせて、自信を得たいだけだった。それが迷惑と終るか、努力と終るか。…死して終わるか。


幽霊すら私を無視する静けさの中に、私の鼻息が聞こえてきた。まだ生きているようだ。それがまた情けなくなりそうだ。

今日も幻覚を見るだろうか。誰か私を拾ってくれるだろうか。私はここから先、歩く目標を見つけることはできるだろうか。


今、ビバークした場所から見上げた空に、一体の裸体がホロホロと崩れて始めているのが見えた。

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