出来損ないのロードムービー

ヨシカワ

始まり

「ねえ、カイ君。私さ、海に行きたいんだけど、付き合ってくれる?」

 五月にしては蒸し暑い夜のいつも通りの仕事終わり、そいつは唐突にそんな事をのたまった。ここが、例えば同居してるアパートの一室だとか、家のリビングで、こいつと俺が家族だとか恋人ならまあ、明日の予定を話す事くらいそんなにおかしくはない。

 だが、ここは裏路地で俺とこの女以外にもう一人、人間がいる。いや、いたといった方が良い。名前は憶えていないが、俺達の雇用主の機嫌を損ねたか利益を害したらしき男の死体が一つ。首筋を切り裂かれて血を近くの壁にぶちまけている。そいつを死体袋に詰め込みながら、女の方を見やる。下手人は目の前の女だ。凶器は右手に握ったままの肉厚のナイフ。裏路地の申し訳程度の照明が返り血の付いた刀身を鈍く照らしている。

 俺はこいつの神経を疑った。こんな仕事をやってる時点で俺も大概かもしれないが、なんでこいつはいきなり仕事とは関係ない話をし始めたんだ。

「シジマ、なんでこのタイミングでそんな話すんだよ」

「なんでって。仕事以外だと、カイ君私にかまってくれないじゃん」

「何が悲しくてこんな仕事してる奴と日常生活で仲良くしなきゃなんねえんだよ」

「私とツーマンセル組んでるのに私を都合のいいようにしか使おうとしないよねぇ、カイ君。お姉さん、悲しくなっちゃうな」

「お前は姉貴じゃねえよ」

 たまに、こいつはお姉さんという一人称を俺と話しているときに使う。俺はそれを聞くとげんなりした気分になる。歳は、本人曰く二十代前半らしいが絶対にもっと行ってると俺は思う。それを指摘した場合、どうなるかはなんとなく想像がついているので俺は絶対に言及しない。俺の年を考えて本人の申告が正しいと仮定した場合はお姉さんと名乗ってもいいような歳ではあろう。俺は十八らしい。らしい、というのは俺が捨て子だったうえに俺を拾って育てたやつはかなりいい加減だった。"仕事"のやり方だけ教えて俺を放り出すくらいには。今もどっかで生きてはいるだろうと思う。

「冷たいなぁ……でも、カイ君、この町から出たことないでしょ」

「少しくらいは外に興味あると思ったんだけどもしかしてそんなに興味なかったりする?」

「外に興味はあるけどなんであんたと二人で行かなきゃなんねえんだよ」

 シジマの指摘通り、俺はこの町の外に出たことがない。そしてこの町に海は無い。町の外に出たことがない理由は簡単でここがどうしようもないクソ田舎だからだ。バスは数年前に止まったきりで鉄道も朝と夜に二、三本程度しか止まらない。車は俺の所持金だと買えない。こいつと組んでいる理由のうちにこいつが車を持っていることを挙げてもいいくらいには公共交通機関が存在しない。

「この前、映画見せた時に綺麗って言ってたじゃん。海」

「いつの話だよそれ……」

 二週間ほど前の仕事が終わった後にこいつは俺を引きずるような形で映画館に連れて行った。こいつが俺に対してその手の蛮行を働くのはよくある事だったし、抵抗するのも面倒なのでそれくらいならと付き合うようになった。

 見せられた映画はよくあるような物だった。男二人で海を見に行く、それだけの話で、そいつらはある程度欠陥というか、傷のようなものを抱えた似た者同士だった。掛け合いはそんなに面白くなかったが、道中の景色や風景の撮り方だけはやたら上手かったからそれだけよく覚えていた。

「綺麗だったけど本物があんなに綺麗な訳でもないだろ?」

 少なくとも死体は映画で撮られている以上に汚いし、臭い。それに、映画やドラマは基本的に綺麗なものを切り取ることで成立している。だから、実物を見てもそんなに心が動くことはないだろうなと思う。

 俺がそう言った後にシジマは一頻り笑ってから俺に尋ねた。何が面白かったのか俺には分からない。わかるとも思えない。

「見たことも無いのに断言しちゃうの?それとも、町の外に出るのが怖かったりして」

「そんな訳ないだろ」

 バカにされている。それが明確だったから突っかかってしまった。こうして突っかかった後、どうなるかはわかりきっていた事だったが、俺にそこまで咄嗟に判断できる能力はなかった。

「じゃあ、行けるじゃん。明日にでも行こうよ、海」

「……嫌だっつたらどうすんだよ」

「別に~~カイ君が町の外に出るのを怖がってるって笑い話を他の人にするだけだよ~~」

「……ッチ」

 聞こえるように舌打ちをしてから溜息をつく。そもそも、こうなった時点で基本的に俺が断れたことはない。だから、不本意ではあるけど海を見に行くことは最初から、決まりきった事だった。

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