風鈴の音

深海

第1話 初夏

「あっつ……───────」

午後13時。気温28度。めちゃくちゃ暑い夏の日。

喉がカラカラに乾きながらも、八百屋に用事を頼まれてきていた高校生、千夜(ちよ)は制服のまま建物の影で涼んでいた。

「千夜ちゃんいらっしゃい、今日は何を買いに来たの?」

八百屋のおばさんが尋ねる。おばさんも首にタオルを巻き、麦わらの帽子をかぶって出てきた。奥で涼んでいたのだろうが、エアコンはなく、扇風機しかない。

「今日はトマトときゅうり。おばさん、これお土産。」

千夜はここに来る前、コンビニで1番安いアイスを2つ買ってからここに来た。

「あら、ありがとう〜ありがたくいただこうかな。」

店先は少し縁側みたいになっていて、すだれの屋根がかかっている。そこに風鈴が2つ、ガラスの風鈴と南部鉄器の風鈴がある。それぞれ異なった音を奏でていて、聞いてて涼しくなる。

「千夜ちゃん学校は?」

「今日から夏休みなの。でも午前中、委員会の仕事で駆り出された。」

「それで制服なのね。」

八百屋には、生まれた時からずっとお世話になっているお店でもう顔馴染みになっている。

「おばさん、私ここの風鈴が好きなの。綺麗な音だなぁと思っていて、今年買おうかなぁって思ってるんだ。」

「それなら、ここのを持っていけばいいわ」

「いいよ、2つ並んでこその味のある音じゃん。」

すると、おばさんが体をこちらに向けた。

「ちがうのよ。おばさん、お店を閉めようと思うの。」

「えっ?」

少し困ったような顔をして言った。



トマトときゅうりが入ったカゴを持って土手を歩く。

おばさん、前からふくよかだと思っていたけど、実は腹水っていってお腹に水が溜まってるんだって。体の調子がこころのところ悪く、病院に行ったらガンだって言われたんだ。治療のために、お店閉めるんだって。

子どもの頃からずっと行ってたお店が閉まること、おばさんが実は病気だったこと。何もかもがショックで、お母さんへの報告の言葉を何度も何度も考えていた。


母も同様、驚き落ち込んでいた。


3日後、また母にお使いを頼まれて八百屋に言った。おばさんは元気そうにまた出迎えた。

今日は風鈴が無くなっていた。

「千夜ちゃん、風鈴もらってって」

箱に入った風鈴2つを手渡してきた。

受け取ってしまうと、おばさんはなんだか戻ってこないような気がして、受け取りたくなかった。

「おばさん、戻ってくるよね?」

思わず不安げな表情が出てしまう。

「じゃあこうしよう、私が戻ってくるまで、預かってて、ね?」

「………うん。預かってるからね。」


土手を歩く帰り道、なんだか胸騒ぎがして、涙が出た。

お願い、がんばって。


その3日後、おばさんは倒れ、救急車で運ばれていった。一週間、一か月、一年経ってもおばさんが帰ってくることはなかった。風鈴は私の部屋にかけられて今も涼しげな音色を響かせている。

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