中原中也 入団記念日

べる

嵐を待つ

 朝からマフィア内が騒々しい日だった。ポートマフィア五大幹部、ポール・ヴェルレエヌは今日も変わらず深地下隔離室シェルター籐椅子とういすに座り、嵐を待っていた。その時突然コンコンと扉をノックする音が聞こえ、振り返ると首領である森鴎外が立っていた。

「やぁ、ヴェルレエヌ君。ちょっといいかね?」

 驚いた。森がこの部屋を訪ねてくることは珍しい。その内心を察したのか森が続ける。

「今日は誘いがあってね。実は今日中也君の入団記念日なのだよ。いわゆるパーティというものを催すことになってね。」

「パーティ?」

 怪訝な顔で訊き返すヴェルレエヌ。

「あぁ、パーティといってもそこまで大きなものではないよ。仕事もあるしね。ただエリスちゃんがケーキを食べたいと言い出してねぇ。その上太宰君まで嫌がらせをする絶好の機会だとかなんとか言ってなにやら壮大な計画を立てているらしいし。もう後戻りできなくなったから少しだけパーティを開くことになったのだよ。ヴェルレエヌ君もよければと思ったんだが。」

 状況を理解し、納得したようなヴェルレエヌはすぐに答えた。

「そうか。だが断る。俺はここに居る。中也におめでとうと伝えてくれ。」

「そうかい。まぁ、気が向いたらいつでも来ていいからね。それじゃ。」

 ヴェルレエヌの答えを予想していたかのように森はそう言い残して出て行った。朝から騒がしかったのはそのパーティに向けて太宰君あたりが仕事を前倒しに進めてでもいるせいだろうかと思いながら再びじっと椅子に座り直した。

 

 中原中也。ポートマフィア五大幹部であり、強力な異能力者。そして・・・俺と同じく文字列を打ち込まれた人工異能生命体。その同じ孤独を持つ者として共に人間への復讐を果たすために俺はかつてこの国へ来た。孤独であること。自分が人間ではないこと。その苦しみから中也を救いに来たのだ。俺達は兄弟だと思っていた。分かり合えると思っていた。中也も俺と同じように世界を憎んでいると信じて疑わなかった。

 だが俺と中也は違った。中也は生まれたことに後悔などしていなかった。ただ仲間のために生きていた。そして、中也自身も仲間に愛されていた。それは『旗会フラッグス』の五人を殺した時に俺自身が感じたことだった。仲間を愛し、仲間に愛されていた。俺には出来なかったことだ。俺は友情というものに友が死んでからしか気付くことが出来なかった。

 そこまで考えてはっと思い当たることがあった。中也がポートマフィアに入るきっかけとなったのはかつての相棒―アルチュール・ランボオ―が関わった事件だったはずだ。調査もしたし、資料も集めたから間違いはない。そして、この事件でランボオは中原中也と太宰治によって殺された。今日が中也の入団記念日なのだとすれば、今日はランボオの死んだ日、なのか。


 アルチュール・ランボオ。俺を牧神から救い、諜報員として相棒としてそばに居てくれた人間。俺が裏切ったにも関わらず、自らの特異点で俺の命となった男。その愛に、友情に俺は最後まで気づけなかった。そのことを彼が死んでからようやく悔やんだのだ。今もずっと。プレゼントの意味にも気づけずに、俺のことを人間だと言うランボオを分かったふりをするなと遠ざけた。彼は俺の自由を最も望んでくれていたのに。胸のあたりを握りしめながら、空の見えない深地下隔離室シェルターで天を仰ぐ。ランボオが最後に残していったプレゼント。そのおかげで俺は今ここにいる。だが、この世界に彼はいない。彼のいない世界で生きることがこんなにも苦しいことを知った。だからといって、俺の中にランボオがくれた命がある限り生きることをやめるわけにはいかない。厄介なプレゼントをしてくれたものだ。この先も俺はこの部屋で何かこの日々を変えてくれるような嵐を待ち続けるのだろう。

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