禍憑姫/龍閃残夢
三流木青二斎無一門
第1話〈夢の後の現実〉
輝かしい朝日と共に映るのは、白き髪を靡かせる従士服の女性。
紅い瞳が俺の顔を見据えて、瞼が半分落ちている自分の顔が見えた。
「……あぁ、おはよう、
俺は彼女の名前を口にする。
鮫の様に鋭い目が柔和に丸くなって、鋭い牙を見せる様に口を引く。
「何か悪い夢でも見たか?」
彼女はそう言った。
俺は目を瞑って、どんな夢を見たか考える。
……けれど首を振った。見ていた夢など既に忘れている。
きっと、あまりの驚愕に夢の内容など忘れてしまったのだろう。
まるで獏の様な彼女に向けて、俺は先程から思っている言葉を彼女に言う。
「色々と、近いよ。辰喰」
今の俺には彼女しか見えない。いや、比喩じゃない。本来天井を見つめる筈の俺の視界には、覆い被さる様に彼女が居るのだ。
まるで今にでも襲って来そうな肉食動物、あるいは発情しながらも理性を保つ忠犬の様にも見えた。
「すんすん……匂うな、お前は」
「寝起きだから仕方が無いだろ、と言うか、いきなり罵倒は止めてくれ、朝から気分が悪くなる」
テレビとかで、仕事を頑張っているお父さんの枕を嗅いで臭いと嫌がる娘と妻のCMを思い出した。作り物であろうとも、そんな事を言われたらショックだろう。
今の俺はそれと同じ気分だった。
「違う、いや、いいか。別に。風呂、沸かしておいた。さっさと入っとけ」
俺の首筋に鼻を近づけて深く息を吸うと、そのままその場から離れていく。
何とも、不思議なメイドである。
俺は首筋に手を添えながら、彼女の言われた通りに風呂へと入る。
……彼女の名前は
とある財閥の御令嬢にして俺の婚約者、黄金ヶ丘の専属メイドであった彼女は、現在では俺の傍でメイドとして活動していた。
理由は、俺の血の繋がらない母が、一ヵ月程俺の元から離れるらしく、理由も詳細も知らぬまま、俺は寮での生活をする事になったのだが、そんな情報を聞きつけた黄金ヶ丘家の婚約者は、将来に相応しい夫にする為にと彼女、辰喰ロロを寄越したのだ。
「なあ、長峡」
風呂に入る俺に、彼女は扉の向こうから声を掛けてくる。
「なんだ、辰喰」
俺は風呂にゆっくりと浸かりながら彼女に用があるのかどうか聞いた。
「服、此処に置いとくからな。お前が着ていた服は回収しとくぞ」
「あぁ、すまない、ありがとう」
温かみを感じる風呂だ。事前に何か入れていたのか、甘い匂いがする。
俺はそれが何の匂いか、手で器を作って湯を入れて匂いを嗅ぐ。
「……入浴剤、じゃないよな。これ」
「湯加減はどうだ?長峡」
「ん、あぁ。とても良いよ。それに良い匂いもする。何を入れたんだ?」
「あぁ、私だ」
「へぇー……は?今なんて言った?」
俺は一瞬耳が可笑しくなったのかと思った。
そして彼女に向けて聞き返す。
「適度な湯加減を知る為に先に入っておいた。いい匂いがするのなら、それはきっと私の出汁が出てるんだろうな」
「なッ、マジかよッ」
思い切り風呂の匂いを嗅いだ俺が変態みたいに思えて来た。
「私は気にしないから心配をするな。それに、意外と効能があるかも知れないぞ。性力増強とか」
「そんな効果ッ、いや、いい。タオル、タオル……」
俺は早々に風呂場から出る事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます