悪役令嬢に転生させてくれると言うので転生先を選ぼうとしたらだいたい全部公爵令嬢で婚約破棄されてた案件ばかりだった

小鳥居

第1話 悪役令嬢に転生させてくれると言うので転生先を選ぼうとしたらだいたい全部公爵令嬢で婚約破棄されてた案件ばかりだった

 死にました。


 クリスマスイブだというのに出かける予定も自宅に食糧もなかった。仕方ない。リモートワークでずっと家にいたので体はバキバキの運動不足。なんとなく自炊も最近は面倒になって固形バランス栄養食のフルーツ味を白湯さゆと一緒に摂取する日々だった。

 なので、せっかくだしチキンとケーキでも買うか、とコンビニまで買い物に出たのが運の尽きだった。


 私が人生の最後に見たのは、暴走トラックがコンビニの入口めがけて突っ込んでくるダイナミックな光景だった。映画かよ。


     ■


「次の人どうぞ」

 廊下でずっと待たされていた。パイプ椅子に座ってぼんやりしていた。

 どれくらい経過したのかわからない。

 呼ばれて面談室に入ったら、先生がいた。高校の時の進路相談の先生に似ていた。さしづめ、転生進路相談担当といったところか。

「えーと、若くして不慮の事故で亡くなったので、あなたは転生先が選べます」

 先生は机の上の紙を見ていった。

 私はなぜか高校生だったころの制服を着ていた。


「流行りだしせっかくなんで悪役令嬢になっておきます」

「もう結構ブーム終わってますけどいいんですか、後悔しませんか?」

「とりあえず婚約破棄されてみたいっていうか」

 私の返事に、先生は困ったようだった。そりゃ困るかな。いちおう悪役だし、そうなると人生が不幸前提だもんな。だいたい最近は悪役令嬢側がハッピーになるけど。


「うーん、悪役令嬢だとこれくらいかな」

 ばさっと求人票みたいなものが出された。多すぎないか。悪役令嬢ってそんな多いの? ヒロインのほうが少ないんじゃないのかもしかして。

「婚約破棄で絞れませんか」

「絞ってこれくらい」

 あんまり減らない。もうちょっと絞っておきたい。

「婚約相手が王子だと?」

「これくらい」

 減らないな??


 絞り切れない。途方に暮れた私を見て、先生が提案した。

「書類を全部伏せます」

「伏せます」

「一枚ひきます」

「くじ感覚で転生先決めるのはちょっと」

 どうせ悪役令嬢になるにしても、くじってなくないですか。せめて転生した外見で決めるとか。


「外見で言うなら、ピンク髪は避けたいです」

 先生は片手をひらひらさせて否定した。

「それはヒロインなんで、悪役令嬢はあまりないですね」

 そうだった。じゃあもう悪役令嬢ならなんでもよいのでは? なんなら婚約破棄されたら即転生するくらいのお試し悪役令嬢でもいい。

「なんか不穏なこと考えてませんか。転生した来世を大事に生きてくださいよ」

 転生相談担当は私の考えを察しているかのようだった。そもそも、その発想がありませんでした。申し訳ない。


 そうか、私は悪役令嬢に転生したらその人生を大切に生きるべきなんだな。当たり前のことに気づいて、目の前の求人票みたいな紙の束に思いを馳せた。これ全部悪役令嬢転生案件らしいけどな。

「ちなみに最近は悪役令嬢の父・母・姉・兄・妹・弟・叔父・叔母・従姉妹・従兄弟、などのバリエーション案件もあります」

「ありすぎでは? そもそも悪役令嬢本人じゃないですよね」

「志向をこじらせた方に人気です」


 そこまで行くと進路が広がりすぎて困ってしまう。

 私は途方に暮れ、結局どれとも決めかねてくじをひいた。

 無難な悪役令嬢として転生したのだ。無難な悪役令嬢ってなんでしょうね。


     ■


「──公爵令嬢、お前とは婚約破棄だ!」

 ベッタベタの、婚約破棄きました。

 すごいな、なんかこう、来るとわかってたので「お、おう……」という感覚で受け入れてしまった。受け入れていいのかは知らない。


 そもそも、そもそもだ。

 転生した私は王立の学院にもあまり通わず、公爵令嬢として最低限の社交しかしていなかった。

 それでも、途中で王家との婚約が成立してしまったので、否が応でも王妃教育とかいう謎のお勉強のために、王宮に呼び出されることは増えた。邸に引きこもるか王妃教育か学院で引きこもっているかの三択だ。外部との接点がとても限定されて生きていた。

 なので、婚約破棄だと威嚇されても、王子が背にかばっている男爵令嬢をいじめる暇はなかったのだ。前世でも現世でも、引きこもっていた人間を舐めないでいただきたい。


 しかしそれを指摘するのもひどく面倒だったし、私は悪役令嬢として生きるには無気力な人間であった。転生する前に気づくべきであった。悪役令嬢には気力・体力がとても必要だ。私にはなかった。ふにゃっとしているので「ひゃくにゃくれいにょう」みたいなものにしかなれなかった。

 言われるままに学院に通い、だるければ仮病でさぼり、どうしても行かなければいけない王妃教育のときだけ王宮に行く。結構マイペースな婚約者であった。いろいろ申し訳ない。


 父親の公爵は王様に厳しい顔で詰め寄っているし、場はひえひえに冷えまくっている。なぜなら、私を弾劾するにも、みなさん燃料がないのだ。あんまり私は公式の場に派手派手しく現れるタイプの令嬢ではなかったからね。炎上には燃料が要る。燃えようがない婚約破棄 in 王城。寒い。とてもつらい。


「あの、帰りますね」

 踵を返そうとした瞬間、私は気づいた。気づいてしまった。

 王子の頭上、きらきらと光る細かな破片。徐々に増えてくる光。それはやがて。


「危ない!!」

 私が元婚約者を突き飛ばした瞬間、巨大なシャンデリアが音を立てて床に落ちてきた。


     ■


「死にざまだけは、なぜかいつも派手ですよね、あなた」

 転生相談担当の先生は、こめかみを抑えながら言った。いや、一応、無気力ながらも悪役令嬢としての人生は全うしましたよ、婚約破棄されたし。

「特にあなたに瑕疵きずのある婚約破棄ではなかったでしょう」

「そうですね。王子が身勝手なだけでした」


 それにしても私の転生サイクルは早すぎだ、と先生はため息をついた。

「悪役令嬢のリサイクルは早いですが、あなたの場合ペットボトルより早いですね」

「ペットボトル」

「だって婚約破棄されてすぐ死にましたよね」

はい。とても早かったですね。でもペットボトルよりは長持ちしています。


「どうしますか、次も悪役令嬢チャレンジしますか」

 先生はぺらぺらと求人票をめくり、内容をあらためている。

「流行りに流されたのがいけないんだと思います」

「ではどうしますか」

「悪役令息でBLとか」

「ポリシーのかけらもないですね?」


 そういわれても、まさか転生先を選べるとは思わないのだから仕方ない。

 たくさんの書類の前で、うんうんうなっていると、先生が何か思いついたようだった。


     ■


「次の方、どうぞ」


 呼ばれて相談室に入ると、転生相談担当は派手な顔立ちの女性だった。なんでも一度、悪役令嬢に転生して婚約破棄されてみたのだが、ピンとこなかったらしい。

 なので、それ以来、事故や不慮の死者の転生先の相談担当者2号になったという。


 あたしは先日、脳梗塞で死んだ。まだ二十代だった。ギリギリ。

 それで転生先が選べるらしい。

「定番は悪役令嬢なんですけど」

「定番なの!?」

「悪役令嬢の父・母・姉・兄・妹・弟・叔父・叔母・従姉妹・従兄弟、などもありますよ」

 選択幅おかしいだろう、と思ったけどもうどこから突っ込んでいいのか分からない。


「あたし、どうせなら王族がいいな」

 思いついて言うと、転生相談担当2号は一枚の求人票みたいな書類を取り出した。

「先日、とある国の王族夫妻にお子さんができました。そちらはいかがでしょう」

「いいの? あなたの推しの悪役令嬢じゃなくて」

「はい。王様は若いころ、落ちてきたシャンデリアに右足をつぶされ、不自由でいらっしゃいます。怪我を負ったことにより、精神的に成長されました。ですが、ご不便はあるでしょう。支えてあげてください」


 ドライに見える転生相談担当者2号が、やけに多弁に説明したので、あたしは不思議に思い、彼女のきれいな顔をじっと見つめた。

「先生は転生しないんですか」

 彼女は小首をかしげ、微笑んだ。

「選んでもうまくやれる気がしませんので、こうやって、転生のご相談にのる方が向いている気がするのです」

 本当にそうなのかな、とあたしは思ったけれど、口にはしなかった。


     ■


 あたしはそれ以上追及せずに、王女さまとして転生した。

 穏やかな国であたしは、家族に愛されて育ち、国民からもそこそこ愛されたと思う。

 お父様は、昔はとても思慮が浅く、幼いころからの婚約者を大事にしなかったあげく亡くしたのだと、噂で聞いた。なんでも、事故でお父様が死にかけたのを、彼女がかばって死んだのだという。ドラマティックな話だ。

 あたしはお父様や周囲のひとたちに愛され、死ぬまで穏やかに暮らして、生きた。

 その生においては事故や急病による即死ではなかったので、転生先は選べなかった。だから、転生先の相談にはもうのってもらえなかった。


 あの転生相談担当者2号は、その後どこかに転生したんだろうか。

 あたしは王女さまに生まれ変わってからは、知る由もなかったけれど。どこかで幸福になってくれているといいなと思う。

 それともいまだに、誰かの転生相談にのっているんだろうか。それはそれで、彼女らしくて、とても、いい。

 

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