花嫁の懸念

ウツユリン

花嫁の杞憂

「——愛は寛容であり、慈悲深いものは愛である。愛は、妬まず、高ぶらず、また誇らない」

 粛々と、荘厳な牧師の声で読み上げられる聖句の一節。

 メインイベントたるまでまだ時間は遠く、薄いケープが遮る花嫁の顔をステンドグラス越しの陽の光が明るく染めていた。

「——」

 その花嫁と、向かいあう新郎は所在なげに両手を組んだり、組んだ手を解いたり忙しない。そればかりか、まもなく妻となる花嫁と目を合わせようともしない。

 それが“心ここにあらず”の状態だと、この日を長く、本当に長く、待ち望んだ新婦には一目でわかった。

 彼の集中は、ここブライダルにはない。もっと別のものに引き寄せられているのだ。

 そんなパートナーの所作へ、ケープの下で寄せた眉根の新婦は、たまらず小声で注意する。

「……ちょっとユウキっ」

「……あ?」

「あ、じゃないわよ。BUTLERなら、だいじょうぶだって。さっきも『行けなくてゴメン』ってメッセージが来てたじゃないの」

「——なあシュカ」

 そう名前を呼ばれて花嫁——シュカは心に、不安の雲がムクムクと湧き上がるのを抑えきれなかった。白い目隠しケープを越して感じるパートナーの雰囲気がやけに、大人し過ぎる。というより諦めの境地に似たものさえ、漂わせている。

 普段の彼なら、「なあ」などともったいぶった呼び方はしない。せいぜい、幼子よろしく付きまとって「シュカ、シュカ」と連呼するのが関の山だ。

「……なに?」

 そんなシュカの憂慮を裏付けるように、名前を呼んだ新郎——ユウキが「とりあえず謝っとく」と謎の謝罪の言葉を宣う。

「あんまし怒るな。な? 悪気があるんじゃあないしさ。みんな俺たちのためにって……」

「はあ⁈」

 らしくもない奇声が出て、牧師の痛い視線を受け取ったシュカが慌てて佇まいを直した。こうして式の最中に会話を交わしていること自体、御言に対する不遜である。なにかと世話になっているかの牧師でなければ、立腹し中座されてもおかしくない状況だ。

 朽ちかけた教会の歯抜けになった長椅子に座る少ない参列者たちも、モゾモゾと居心地悪げに体を揺らす。

 それでもシュカは非難のこもった問いを止められない。

 なぜなら、前科に暇がないこの夫になる男のやること為すことすべて、無鉄砲かつ無遠慮で、振り回されるのはいつもシュカだからだ。

 今日は待ちに待った日であり、シュカの人生にとって——ユウキにとっても当然、大切な日だ。だからこの日だけは、参列してくれた仲間たちに囲まれて静かな時間が過ごしたいと、そうパートナーにも釘を刺してある。

 それなのに——。

「バカっ、なに企んで——」

 ——だがシュカの、もはやヒソヒソ声でもなんでもない糾弾の、その悲痛な言葉は遮られることになる。

「この婚姻に異議のある者は——」

 奇しくもそれは、終盤へと差し掛かった聖句の一節をも遮り、迫る来る混沌の始まりを告げるものだった——。

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