サクラリアの花が咲く頃に。

@SHIRY

第1話『その少女の名前は。』




「久しぶりだな。。。そして、いってらっしゃい……。」




剥き出しの機械に包まれた薄暗い部屋でポッドの中にいる白い髪の少女に向かって老人は涙を流しながらそう呟いた。


ーーーーー


「マ……ル…マ…モ……マモル……マモル!!」


橙色の西日が差す教室内、机で寝ている俺を覗き込むように誰かが俺を揺すっていた。


「もうホームルーム終わったぞ。いつまで寝てんだよ。」


「お、おう。」


周りが騒がしく帰る準備をしていた中、イケメンでクラスの人気者タクマがニヤニヤとした顔で俺を起こしに来ていた。

こいつは少しチャラさを感じさせるその茶髪と切長な目、そして整った鼻筋でクラスの女子を毎日キャーキャー言わしている。


そんなタクマに気持ちよく寝ていたところを無理やり起こされ良い気持ちはしなかったが、俺はほっぺについたヨダレを袖で拭きながら帰り支度を始めた。


「マモル、今日もいつもんとこ行く?」


そういつものとこ。

みんな大好きなあれだ。カラオケだ。

俺はお世辞にも歌が上手いとは言えない。

なのでいつもタクマが歌っているそれをThikTok用に撮ってあげているんだがー、今日だけはダメなんだわ、

タクマくん。いやタクマさん。


「悪い、今日は直帰するわー。」


すまない親友。いやマブダティー。

今日は絶対に早く帰らなければならないんだ。

そう、夜家に届く予定の新発売ゲーム

「笑っチャイナ少年たちよ。〜若き時は儚くも散る〜」

を早くやりたくてたまんねぇんだわ。

すまねぇなぁダティー。


「えー、まじかよー。釣れねーなー。久々にバイト休みだってのによ。」


俺は前髪を軽くかき上げるとそのまま立ち上がり教室を出た。


「マモルマジで行かないの?!なぁおいちょっと待てよっ!」


「また明日っ」


聞く人によっちゃあリバーブが深めにかかっていたであろうその言葉を背に、起こしに来てくれた人に対しての恩義を微塵も感じさせないほど颯爽かつ足早に帰路についた。


「ただいまー。うぃー疲れたー。」


玄関で靴を脱ぎリビングへ向かった。


「あら、おかえりなさい。早いのね!」


キッチンで帰りを迎えてくれたのは母さんだ。もう既にご飯の用意ができていたらしく部屋中すき焼きの匂いで包まれていた。


「くはぁ!食った食ったー!!」


俺は食べた食器をキッチンへ片付けていた。


「そういえば、さっき女の子がうちに来たわよ。」




なにー??




缶ビールを3缶ほど空け、人が変わったようにおちゃらける母はソファに横たわりテレビを見ながら俺にそう言った。


「女の子。。?鈴香じゃなくて?」


すると母は遮るように言葉を重ねた。


「違うわよー。なんだが不思議な子だったわねー。日が沈んでて暗かったからあんまりわかんなかったんだけど白っぽい服着てたかしら?あと鼻歌も歌ってたようなー。ぎゃはははははっ!」


好きな漫才師で大いに笑う母。

兎にも角にも酒が入って記憶錯誤しているんだろう。

なぜなら俺に女友達は幼馴染の鈴香しかいないからだ。

故にそんな俺に尋ねてくる女の子はいない。

悲しいがこれが事実だ。。

俺は眉間をつまみ首を横に振った。

そして商品が届くまでにまだ時間があったので俺は先にお風呂に入った。


「んー。」


全身が浸かるように湯船に体を沈め、思い出していた。

今日寝ていたときに見たあの夢のことを。


「マモルくん!……」


「……急いで!!」


「……あなたは…」


断片的に覚えているその夢は近頃よく見る。

ぼやけていて誰だかはっきりとはわからないが女の子であることは確か。

透き通っているのに力強いあの声。


「あの子誰だろう。」


湯船に顔まで浸かり静かにぶくぶくする。

少しのぼせるくらいまで浸かり、お風呂から上がって髪の毛をドライヤーで乾かしながら母の話を思い出していた。


不思議な女の子。


「まさかそんなアニメみたいなこと起きるわけないよな。ラノベの読みすぎ。。そだ、たまにはホラーオカルト系とかも手出してみるか。」


髪を乾かし終えた俺は鼻歌を歌いながら玄関の前を通り過ぎようとした。するとその時、


「ピンポーン」


インターホンが鳴った。

玄関には小柄な人影が映っていた。

俺は生唾をごくりと飲み込み、もしかしたらとこめかみに汗を流しながらジリジリと近づきドアノブに手をかけ、少し溜めた後に勢いよく扉を開けた。


「社川急便ですー!お荷物お届けに参りましたー!サインおなしゃーす!!」


少し小柄で元気いっぱいな女スタッフだった。


ひゃっほぉー!キタキタきたー!今夜はオール確定!

テンションぶち上がリーマンショックー??

俺はこういう時のためだけに作った自前のサインを華麗に書いた後、荷物を受け取りそのまま自室へと急いだ。


「ふんふんふん♪」


マモルはガサツに段ボールを開け、ゲームソフトを中から取り出しPS9を起動した。


「ここはこうやって、あーちがう、あー負けたぁあー!!」


次の日


「おはよー。」


「あらおはよ。ご飯すぐできるからもう少し待っててね。」


何度もあくびをしながらリビングへと降り、朝食を作る母の心地よい鼻声を聞きながらテレビでニュースを見ていた。


「昨日、天皇陛下より『レベル5の人工知能「サクラリア」が遂に完成した。』との正式発表がなされました。実践的に投入されるのは今年の8月31日とのことなのですが、こちらについて本日は専門家の方に来ていただいております。」


「どうも、AIシステム専門家の佐々木純一です。」


少し頭が薄くなった小太りのふざけたおじさんみたいな人が専門家だった。


「佐々木さんにお伺いいたします。実際のところレベル5になって私たち人類は私生活においてどのような影響がもたらされると考えるべきですか?」


アナウンサーがさらりと質問をした。


「はい。まずAIにはレベル1から5まで存在していることは、皆さんもご存知だとは思います。例えばレベル1では温度湿度を日射量の変化に応じて自動で調整できるエアコン。レベル2では部屋の状況をくまなく把握し掃除する清掃ロボット。レベル3ではビッグデータを解析、もしくは検索エンジンなど。レベル4では自動運転、特別強い将棋、囲碁などのアルゴリズム。そして今回発表されたレベル5では!」


専門家は突然立ち上がり力強く話し始めた。


「人類と全く相違ない振る舞いができる人工知能なのです!まさに映画の世界が現実になったのです!!ですからですから!これまでに懸念されていた失業率上昇に王手がかかると思われますぅ!!」


徐々にヒートアップしていった専門家はかなり興奮していたようで立ったまま意識を失っていた。テレビ越しにでも唾が飛びまくってるのがわかった。やめてよね。


「続いては月面移住計画についての進展がありま」


俺はテレビの電源を切り食べ終わった食器を片付け学校へ行く準備をした。


通学路


晴れた空の下、坂道を登って登校する生徒たち。

あたりを桜が舞っていく。


「おはよー。」


「うぉ!なんだその目?!」


かなり驚いた表情で俺を見つめるタクマ。

驚くのも無理はない。

昨日届いたゲームがあまりにも面白すぎたため一睡もしていない。


「お前またオールでゲームしてたのか?そんなんだから教室で眠たくなるんだぞ?」


「わかってるよ。面白くてやめ時がわかんなかっただけだよ。ちな今日の朝までやって大体8割くらいまで攻略できたんだわ。」


そして俺は今日も気づけなかった。後から忍び寄る人影があったことを!


「んで、あとはヒロインを…どぉわぁ!!」


背後から強い衝撃が俺を襲った。


「おはよーっマモル♪今日も元気そうだね!!」


「ってーなー。お前がいつも頭叩くのは今に始まったことじゃねぇけどよ。。一日一回叩かないと気が済まないわけ?おかげさまで後頭部の脳細胞が日に日に減少していってるんですわ!!」


「にっひー!!」


「にっひーじゃねーよこいつはぁ。後ろから勢いよく頭叩いてよくそんな曇りひとつない満面の笑みができるよなぁ。」


みんな待たせたな。こいつが鈴香だ。


その黒く輝く長い髪は背中まで伸び、均一に整えられた前髪は白い肌から愛くるしく浮き立つその大きな黒目の上で上品に佇むように添えられていた。


美少女幼馴染。


そんな六字熟語があったらこいつのことを言うんだろうな。

背丈は158センチほどで前髪ぱっつんオン眉ロング黒髪ヘアー。


タクマと鈴香。俺はいつもこいつらと登校している。


「そういえば今日担任のただっちがサプライズあるって言ってたよな!」


思い出したかのように話し出すタクマ。


「そうなの?そういえばタクマとマモルは同じクラスだったよね!いいなーサプライズ。なんだろう。」


前をルンルンで歩く鈴香。

正直俺はとてつもない睡魔でそんなことはすこぶるどうでもよかった。


「どうせサプライズとか言って抜き打ちテストでもするんだろ。多田のことだからあんま期待はしてねぇよ。」


朝のホームルーム。


教壇に立った多田がそわそわしていた。


「おはようございます!突然ですが皆さんには今日素敵なニュースがあります!」


教室内が少し騒がしくなるのを感じつつ俺は窓越しに外の景色を堪能していた。あまりの綺麗さに一句詠もうかとさえ思ったほどだ。


「静かにー。」


徐々に騒がしくなる室内を沈める多田。


「静かにー!」


もはや談笑する生徒たち。


「………静かにしろって!…いってんだろがぁああああ!!!!」


『パーン!!!!!』


見るもの全てを魅了するその台パンはみんなを静かにさせるには十分過ぎるほどだった。


「実は今日転校生がうちのクラスにやってきまーす!」


「え、まじ??」

「男?女?」

「イケメンでありますようにー。。」


またざわつき出す室内。

多田はとても張り切っていたのだがその理由に納得するのに時間はかからなかった。


「では入ってきてくださーい!」


『ガラガラッ』


多田の言葉と同時に扉が開き、転校生は教室に入ってきた。

コツコツと音を立て教壇の中央に立った彼女は黒板に名前を書き始めた。そして振り返ると同時に笑顔で言葉を放った。




「はじめまして!サクラ・ニルヴァーナです!」




あまりに美しいその姿は時間の流れを止めるように。

まるで彼女のために世界中が静かになったように。


全てが止んだ。


澄んだピンク色の瞳に肩にかからないほどの白く輝いたその髪はやわらかな春風に吹かれていた。


俺の瞳は彼女を離せないでいた。



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