Quest8:ドランカーウルフ捕獲
28.社会における順序確認行為
「久しぶり、でもないね、ふふっ。7~8日ぶりくらいじゃない?」
「だな、偶然ってすごいな」
あれから2回ほどクエストを請け負ったが、結果的にパーティーの関係が好転する様子はない。実質1人と2人と2人、という特異な構成のまま、近視になるかと思うほど空気を読み合って過ごしている。
そんな休日、隣の村まで散歩に来ていたら、川へのルートを調べに来たニッカと会い、彼女オススメのカフェに来た、というわけ。
「さすがニッカ、雰囲気の良いお店知ってるんだな」
レンガ造りの外観に、重厚な木製扉。脚の先がくるんと丸まっている可愛いソファーに、掠れた音を立てて回るシーリングファン。元の世界のテレビでたまに見ていた、オーナーが趣味でやっている小洒落たお店のような作り。
「ちょっと高いんだけどね。でも今日はタクト君の奢りだっていうから」
「え、あ、は! いや、なんで!」
決定事項を俺に宣言したニッカは、青いベリーショートを振り乱し、高速でメニューを捲り始めた。
「何か相談事があるんでしょ? こういう時は黙って払うのがカッコいいんだよ」
「そ、そうなのか?」
「うちの家でもよく話が出るよ。男の『お』は『奢る』の『お』だって」
「女の『お』はどうなるんだよ」
一方的すぎやしませんか。
「女の『お』は『お替り』の『お』だね」
「都合よすぎる解釈だ!」
多分考えたの女性側でしょそれ!
「ほらほら、女子にしかできない相談なんじゃないの? 相談料くらいいいんじゃない?」
「う……まあ、そうだよな。わーったわーった、今日は俺が持とう」
「やった! 店員さん、とりあえずこのケーキ3種全部お願いします!」
「手加減!」
俺はコーヒー1杯で粘るぞ!
「で、話って?」
机いっぱいに並んだスイーツと、ずっと欲しがっていたおもちゃを買ってもらえた子どものように満面の笑みを浮かべる彼女を交互に見る。
ショートパンツ姿をよく見ていたけど、クエスト休みでモードチェンジしているのか、濃紺に白ドットのロングスカート。上の長袖Tシャツは、白をベースに二の腕から下の袖部分だけライトブルーで、遊び心があって可愛い。
「いや、まあニッカが『大変だと思うよ』って忠告してくれた通りというか……新しいパーティーのことなんだけど……」
この3回のクエストについて、愚痴混じりに話した。
「な? おかしいだろ? 多少合わないメンバーでもさ、クエスト終わったら打ち上げがてら、みんなでお茶とか買い物とか行かないか?」
そこまで聞いて、ニッカが溜息をコーヒーに溶かす。
「なるほどね」
やがて彼女は、青髪をハタキのように揺らして首を振った。
「……ふふっ、バカだねえ」
「
取り付く島もないな!
「終わったらお茶しなきゃいけない、なんていうのは、タクト君が『みんなで仲良くやりたい』って願望が強いから思いこんでるだけだよ。無理に仲良くする必要ないでしょ?」
「うっ……確かにオーミも同じようなこと言ってたけど……」
「生まれたばっかりの草食動物と、腹ペコの肉食動物が1つのグループにいたらどう? 仲良くできると思う?」
「食物連鎖を持ちだしたら成立しないだろ」
仲の良し悪し以前の問題ですけど。
「いい、タクト君、復唱して。『女子グループは気が付くと内紛』」
「何で全員それ言えるんだよ……合言葉かよ……」
「そして、『違うグループ同士は、無関心か冷戦』」
「続きがあるんだ!」
しかも内容が辛い!
「私もカナザちゃん達と一緒でバランスグループだったからよく分かるんだけどさ。オシャレグループとワタシ達みたいなグループが一緒に行動するのは結構辛いの。買い物だって、服や小物に使う金額が違うから、同じ店で買えないことだってあるの」
「そ、そうか……」
それは男子もあるかもしれないな……シャツでも店で価格帯全然違うし……。
「ん? でもそれなら、幾つかの店を順番に見ていけばいいんじゃないか? 俺、元の世界で友達とそうしてたぞ?」
瞬間、ニッカはカツーンとスプーンを落とす。そして、顔を強張らせながら小刻みに震え始めた。
「タクト君、それが……それが何を生むか知ってるの……?」
「何、を……?」
「動物の社会における順序確認行為。片方が優位を示し、片方が強制的に劣勢を認識させられ、劣勢側にフラストレーションは溜まるものの、対等な立場での争いを排除した社会的関係性を構築できる格付戦争。即ちマウンティングだよ」
「それ暗記してるの」
真顔で早口めちゃくちゃ怖いんですけど。
「あのね、価格帯がバラバラな店を一緒に巡ってたら、どの店で買ったかで優劣ついちゃうでしょ?」
「優劣って……あくまで買った服の話——」
「私達の本体は服とヘアスタイルだと思った方が良いよ」
「ならもう全面的に俺が悪いわ」
ファッションって本当に重要なんですね。
「とにかく、そうやって価値観が違うグループを無理に結びつけようとしても難しいよ」
「でもなあ、仲良くやってほしいんだよなあ……何かいい方法ないか?」
「共通の話題ができるといいよね。ファッションとかケーキとかじゃなくて、格差の出ない話題ね。あとはやっぱり共通の敵がいると結束するよ」
「なるほどね」
彼女が意地悪げに口の端をつり上げるのが面白くて、ついついニヤけてしまう。
「でも、まだそこまで険悪にはなってないんでしょ? 問題はそれが表面化したときだよ。クエストの成否にも関わってくることになると思う」
「そんな状態がありうるのか……」
「そのときはタクト君の出番!」
「なんでだよ」
秒速でツッコミを入れた俺に、彼女はフッと微笑んでみせる。
「利害関係なく、ちゃんと話を聞ける人が一番貴重で大事だからね」
「……確かにな」
俺もそんな風に役に立てたらいいよな。
「それに、ハーレム狙ってるんでしょ。ここで根性見せないと」
「うわっ、そうだよ、ここで頑張らないとな」
「ふふっ、ホントに狙ってるんだね。誰かに絞ってもいいのに。オーミちゃんとか悪くないんじゃない?」
おっ、言っちゃう? そこ聞いてきちゃう?
「そ、そうかな。オーミかあ」
「オーミちゃんも前に言ってたよ。『世話が焼けるから魔法使えるなら焼き尽くしたい』って。尽くすタイプとも言えるよね」
「言えないでしょ」
冗談キツすぎませんか。
「でも相談乗ってもらって助かった、ありがとな」
「いえいえ、役に立ったなら何よりだよ」
ニッカが椅子から体を離し、ずいっと前のめりになる。
「じゃあ、今度は私! 今のパーティーの文句なんだけどね」
「俺にも愚痴聞き料よこせよ!」
結局このままニッカが一方的に喋って終わったとさ。はあ。
だけど、話を聞けて良かった。彼女の言葉が現実になる前に。
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