語彙力ダウン症のうたがいがあります

ちびまるフォイ

語彙力のあるべき人たち

「あなたの症状は進行しています。

 今、こうしている間にもあなたの語彙力は落ちてるんですよ」


「そ、そんな! どうすればいいんですか!?」


「薬で進行を遅くすることはできても、治すことはできません。現代医学の敗北です……」


医者が悔しそうに諦める姿を初めてみた。

それほどまでに自分の奇病「語彙力ダウン症」は難しいものらしい。


日が経つほどに語彙力が落ちていくという病気だが、

本人から言わせてしまえばそこまで大きな変化はない。


「社長、新製品のスマートフォンを開発しました。こちらいかがでしょうか」


「うむ」


開発部から渡された新作を見た。

いいなと思うところやイマイチだなと思ったところがいくつもある。


「あーーそうだな」


社長の言葉を社員はわくわくしている。

しかし言葉が出てこない。

なにかブレーキをかけられたように言葉が詰まる。


「この……えーーと、あーー……これがアレなところはいいと思うよ」


「アレ、というと?」


「あーー……アレはえっと……」


「社長どうしたんですか? 以前ならもっとはっきりおっしゃったじゃないですか。

 なにか言い出しにくいことでもあるんですか」


「いや違うんだ。あーっと……この、えーーと」


言葉が続かない。

喋る言葉をいちいち辞書で調べてから話しているようだ。


「い、いったん持ち帰って考えますね」


部下はそそくさと引っ込んでしまった。

それから数時間は自分のふがいなさに落ち込んだ。


「こんなにも語彙力が落ちているのか……」


これでも昔は口八丁手八丁で財を成してきたつもりだが、

語彙力ダウン症で日に日に語彙力が奪われると自分のセールスポイントがなくなってしまう。


下手に話さないほうがいいと、今度は逆に口をつぐんでおくことにした。


その後、また別の社員がやってきた。


「社長、我が部で開発した新作のスマホカバーです。ぜひご意見を」


「うむ」


じっと製品を見て感想を述べようとするも言葉は出てこない。

なので多くは語らない。


「なるほど」


「しゃ、社長……いかがですか? なるほど、というといい感じですか」


「うむ」


「なにか気になる部分はありましたか?」


「うむ」


「それはどこでしょう」


「うむ」


「……社長?」


「うむ」


「はっ! そ、そうですよね! 社長に答えを聞くなんておかしいですよね!」


「うむ」


「失礼しました! こちらで考え直してきます!」


「うむ」


意外となんとかなった。

これなら社長としてのイメージを崩すことがない。

下手に口を開いて威厳を失われるくらいならこっちのほうがいいだろう。


それからも厳格で口数の少ないキャラを貫いていた。

社員たちはわずかな言葉数から多くを読み取ろうとやっきになっていた。



その後しばらくして病気の経過を見るために病院へいった。

医者はこの世の終わりのような顔で告げた。


「どうしてこんなになるまでほうっておいたんですか!」


「うむ」


「うむじゃないですよ! 症状が非常に進行しています!」


「うむ?」


「あなたの病気は語彙力が自然に低下する病気だといいましたよね!

 人と会話しなければますます語彙力が失われるんですよ!」


「うむぅ……」


「ほらもう"うむ"しか言えなくなってるじゃないですか!」


「うむ! うむむむうーーむ!」


「え? 来週には新製品のプレゼン会があるから

 そこまでにはしゃべらなくちゃいけない、だって?

 そんなこと知りませんよ」


「うーーむ!! うむうむ!」


「そんな都合よく症状が改善する薬あったら最初から処方してます!」


「うむむ……」


赤っ恥をかかないようにと言葉数少なく過ごしたことにより、

症状はますます悪化したことに気づけなかった。


すでに症状は末期も末期であるのに、来週には記者や一般客を相手にしたプレゼン会がある。


新製品を世間に大きくアピールする場でスピーチしなければならない。

プレゼン会のできで今後の製品の売上、ひいては社運がかかっている。


「うむ……!」


なんとしてもスピーチを成功させて、大きく宣伝するしなければ。

覚悟を決めてプレゼン会のための原稿を書き始めた。


語彙力が失われるといっても言葉が話せなくなるわけではない。

事前に何を話すのかを決めておけば言葉も詰まらない。


スピーチ原稿をこしらえるのは非常に時間がかかった。


語彙力がないので原稿で次の一文を書くたびに、言葉や言い回しを調べる必要がある。


辞書を片手に1ミリも知らない外国語で長文を作るような作業だった。

途中、何度も心が折れそうになったが必死に最後まで書き終えた。


それもこれも全部プレゼン会での世間へのアピールをするため。

妥協は許されない。


ついにプレゼン会の当日。


多くの記者たちが集まり、注目の新製品発表を心待ちにしている。

ステージにあがるとフラッシュが焚かれた。


「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。

 今日はとってもすてきな製品を紹介したいと思います。

 

 ぜひこのプレゼン会が終わったら、この感動を多くの媒体で伝えてください」


つい最近までは「うむ」しか言ってなかったのがウソのよう。

これも念入りに準備した原稿のおかげだった。


語彙力ダウン症により普通に話そうとすれば言葉が出なくなるが、

原稿が自分の中にある消えてしまった言葉を引っ張り出してくれる。


プレゼン会は大成功で、終わる頃には新製品の魅力に誰もが釘付けになった。


「以上でプレゼンは終了です。みなさん、この製品の素晴らしさわかってもらえたでしょうか」


プレゼン会の聴衆は立ち上がって拍手を送った。

新製品の高性能さや画期的な機能についてわかってもらえただろう。


大成功したスピーチから一夜あけると、世間のニュースは新製品であふれていた。


「うむうむ♪」


我が社の開発力や新製品の魅力が感動をまじえて書かれているのだろう。

上機嫌で紙面を覗く。そこには短い言葉が多くつづられていた。



〇〇社の新製品まじやばい!


プレゼンがすごかった!欲しくなった!


とにかくやばい!



「語彙力なさすぎか!!」


これには語彙力ダウン症の私も言葉に詰まることなくツッコんだ。

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