日岐の柿の木(夕喰に昏い百合を添えて19品目)

広河長綺

第1話

中学2年生の時の夢が叶って、私は呪術師になった。

厨二妄想も、継続していれば力になる。

呪いに関する文献を調べイメージトレーニングを繰り返すうちに、私は人の記憶を物の怪に変化させて祓う「消憶術」を使えるようになっていた。


幸いなことに「記憶を消す」という呪術は、需要がある。20歳になった時、私は個人事業主としてやっていけるようになっていた。

政治家、ヤクザ、サロン主催者、マスコミ。

路地裏の雑貨品店(確定申告のために形式だけ雑貨を売っている)に次々と足を運んできて、大金を払ってくれる。

1年くらいたつと、私の客になる類の人の纏うオーラがわかるようになってきた。

強い警戒心、抜け目のなさ、他人から受けた怨念。

そういう世界で生きているゆえの、独特な空気がある。


だから素水もとみちゃんが入店してきたとき、まず、そのオーラのなさに驚いた。邪悪な覇気がない。明らかに一般人だ。

「ゆかりちゃん、いますかー?」

気の抜けた声で私の名前を呼び、奥にズカズカ入ってくる。


アンティークな小物が並べられた棚の向こうから、素水もとみちゃんがひょこっと顔を覗かせる。

その拍子に、栗色のツインテールがなびく。

20代なのだが、童顔なのでツインテールに違和感がない。溌溂はつらつとした雰囲気にあっている。


その顔を見た時、強烈なデジャヴが頭を襲った。

なんだ、これ。

素水ちゃんは小学校の頃の1つ上の上級生で、前から顔を知っているのに、なぜか変な既視感を感じる。

何か重要なことを忘れているような感覚。


素水は私を見つけると、手をふってきた。「久しぶり 」

「私がこんな仕事をしていることに驚かないの?」

「縁の仕事については噂で聞いたことがあったから、大丈夫だよ」

安心しきった表情で笑い、それから私の方を見て、ふと、深刻そうな顔になった。

「今日は縁に消して欲しい記憶あってさ」


「へー。 何の記憶」

「1週間ぐらい前に柿の木を見た記憶だよ」


それを聞いて、私は、わざわざ柿の木を見たような些細な記憶を消したいのか変わった依頼だなぁ、とは思った。

でも素水の依頼ならちゃんと受けよう。

呪符を彼女に向けた 。

素水が消したいと言っていた柿の木の光景がチラッと見えて、呪符に吸い込まれていく。

その瞬間。素水から125この呪いが降ってきた


呪いは重さのように何個重なっているか瞬時にわかる。

10個の1円玉を測りに乗せれば、一瞬で10gとわかるようなものだ。

そんな風にして呪いが、素水には、125個重なっている。1個1個は軽めの呪いだが、だからこそこんなに重なっている意味がわからない。

それこそ裏社会の人間より呪われている。何かあったのか?


私は素水に「今仕事は何してるの」と聞いた。世間話のように聞こえるように気軽なトーンで。

素水ちゃんは「看護師をしているよ」って答えた。

「なるほど誰かの面倒を見るのが好きだったもんね」


私が小学生の頃、泣き虫だったことを思い出す。そして素水は憧れだった。よくいじめられていた私のところに来てハンカチを渡してくれたからだ。私を苛めていた子はいつのまにか、素水のお陰でいなくなっていたが、それ以降も素水ちゃんは仲良くしてくれた。


その話をすると素水は照れ臭そうに 「あの時の経験があったから、自分は人を助けるのが好きなんだって気づいたんだよね。だからゆかりには感謝してる 」と笑った。

お世辞なんかじゃない心からのキラキラした笑顔。

私は少しどきっとした。今でも素水は私にとって憧れのお姉さんだった。

そしてそこからは世間話に花が咲いた。


小学校の時の同級生一緒に遊んだ公園。好きだったアニメ。

2人の共通の思い出が現在どうなっているか、そういう話はいくらでも出てくる。

2人のおしゃべりが盛り上がるほどに私の心の中には不安が膨らんでいく。


あの125個の呪いは何なのか。このことを本人に話したほうがいいんじゃないか。


しかし今まで、私は余計なことをせず現状を維持することをポリシーにしてきた。

厨二病が治まっても、呪いの勉強をやめなかったから呪術師になれた。余計なことをしないから裏社会の人物に信頼された。

私にとって、成功の秘訣だ。

でも、素水ちゃんは幼馴染だ。助けるべきじゃないのか。

色々な思いが心の中でせめぎ合う。


「素水って、最近何か困ったこととかないの」

もう時間だから帰らなくちゃ、となったタイミングで、世間話に混ぜて、さりげなく125個もの呪いが何か悪影響出してないか探ってみる。素水は「何もないよ。それより縁こそ何かよくないこととかあるんじゃないの?私が守ってあげるからね」と逆に心配してきたのだ。


帰り際のその笑顔を見て私は何もしないのは無理だと悟った。

取り敢えず、前回素水に会ったのはいつだったか、その時は元気だったのか?

素水ちゃんが帰った後、思い出そうとしてスケジュール管理アプリを開いてみる。


そこには「前回の素水との会合は125日前」と表示されていた。

思ったより最近に会っている。なんで忘れていたのだろう?

そして125という数字。

呪いの個数と一致しているのは偶然?


2人の思い出がたくさんある小学校に行けば何かわかるかもしれない。

というか、「かもしれない」じゃない。私が何か見つけなければならない、だろう。

私は呪術の専門家で元三は今まさに呪いで苦しんでいる。小さい頃に私を助けてくれた素水ちゃんに恩返しできるチャンスじゃないか。


自分を奮い立たせた私は、その日の呪術営業を終えた夕方にそのまま高速バスに乗って故郷の県まで帰った。

その後電車に乗り換え、都会とは違って一両しかない列車に乗ってどんどん田舎の駅へ行く。

車窓から見える建物が減っていき、田んぼに置き換わっていく。

無人駅で降りた後に30分ほど歩いて母校の小学校に着いた 。

中学に入ったときに転校したのでこの小学校に来るのは20年ぶりになる。しかし地図なども見ずにスムーズに来れた。記憶からこぼれ落ちた細かい思い出もたくさんあるけど、やはり大事なところは心に染み付いているものらしい。


感慨に浸りながら、取り敢えず小学校の敷地の周りをゆっくりと歩く。

校庭も砂場も記憶の中にあるものよりショボく見える。工事でもあったのかとも思ったが、思い出が美化されているのかもしれないし当時の私は体が小さいから相対的に砂場や校庭が大きく感じただけかもしれない。


懐かしい物を見ていたら、当時の記憶が蘇る。

「砂山ってこうやって作るんだよ」と教えてくれた素水ちゃん。

「教えてくれてありがとう!」と、笑っていた小学生の私

ノスタルジックな思いが溢れてきて、学校内に入りたくなってきた。


この小学校の卒業生ですけど、と言えば入れてもらえるだろうか?

いや事前連絡もなしだったらさすがに無理か。不審者かもしれないし。

そもそも小学校の周りをぐるぐる歩き待ってる今の時点で十分に不審者か。


自分を客観視して自嘲していると、ふと、校庭の隅っこに柿の木が生えていることに気がついた。


あれは、素水の記憶から消した柿の木だ 。独特な呪力の圧があるので間違いない。さっきから結界のような反発で、私に植物由来の呪詛を浴びせ続けている。

少し黒っぽい木の表面。根元にむした苔。

神社にでも生えているのかと思うような、威厳がある。


幸い柿の木は校庭の端に植えられているので、呪力に我慢さえできれば、フェンス越しでも近づける。私が柿の木を凝視しながら近づいている時、

「ゆかりさん、その柿の木のことは忘れなさい」

背後から声がした。


いつの間にか70歳位のアロハシャツの長い白髭の老人が立っていた 。かすかに呪いの匂いがする。私と同じ呪術師だろうか?だとしたらこの柿の木の呪術的意味についても何か知っているのかもしれない。

警戒しながら「この柿の木は呪われているんですか」と聞いた。


「お嬢さんも呪術師だろ。日岐のひまたのきと言うのは知っているか」

「はい知っています」

日岐のひまたのきと言うのは南北方向に一番下の幹が枝分かれした木のことだ。この時太陽はその分岐をまたぐように登って降りることになる。それによってその木は忌木となり、傷つけた者は呪われる。

そこまで考えてこの柿の木は日岐のひまたのきであることには気づいた。


いや、大事なのはそれだけじゃない。

この柿の木を1日1回太陽が跨ぐのだ。

…もしかして呪いの回数は太陽と連動している?


「ご名答」

怪しげな老人は私の心を読んだかのように拍手をした。

「まぁ木にもよるんだけどね。今回のように太陽が1回木をまたぐごとに1回呪いが発動することもある」

「つまり素水は125日前に木を傷つけた。それで呪いが発動し太陽はこの木をまたぐ端に、つまり1日に1回呪いが発動するようになったってこと?」

「正解だねぇ」


でも、素水はなんで最近になって20年も前の小学校の柿の木を傷つけたんだ?


「おじさんは、素水が何故傷つけたか、知ってるの?」

「ゆかりさんは惜しいね。あと1つファクターを忘れている。この木は成長するということだよつまり125日前には素水は何もしていない」

「成長する…まさか木の根が 」

「その通り」私の言葉におじさんは頷いた。「20年前 素水はあの柿の木の根元に物を埋めた。20年前はそれは別に気を傷つける行為ではなかった。しかし20年経った日、今から125日前に 状況は変わった。木は成長し、それに伴い根も伸びて埋まっている箱にぶつかってしまったのだよ。それは木を傷つける行為だった。木が傷つく原因を作ったのは、元をたどれば素水だだから、素水は何もしてないのに125日前に呪いが発動したんだ」



20年前?そして木の箱を埋めた?


ーーー小学校の時虐められてたけど、いつの間にかいじめっ子がいなくなっていた


そういえば あの日あの頃私をいじめていた小学生ってどうなったんだっけ。なんでいなくなったんだっけ



ーーー素水ちゃんのおかげで、苛めが止んだことを思い出した。


素水ちゃんが具体的に何をしたのか、思い出せない。その時、素水ちゃんは何を柿の木の根元に埋めたのだろう。



ーーー今日は記憶を消してもらいたくてきたんだ


「今日は」と言う事は125日前私の時に来た時はこの柿の木にある呪いを消そうとしたんじゃないのか。

その日私と素水ちゃんは何を話したのだろう?

もしかして、その日は呪いについて私に相談したのでは?

今となってはわからないが、その時に私は柿の木が原因であると突き止めたのではないか。



ーーー柿の木の記憶はもういらないから

しかし素水ちゃんは柿の木の呪いの原因である死体を放置することに決めた。放置するために記憶を消した。死体を掘り起こしたくないから。

私のために殺した死体のせいで、素水は毎日毎日毎日呪われる。


何で私のためにそこまで ……

素水の自己犠牲が恐ろしかった。そんなに私のことが好きなのか。じゃあなんで私に近づいてこない?私に愛情求めてこない?



混乱する私におじいさんは「見返りを求めないのが本当の愛なんじゃよ」と諭した。

「ちなみに、私に依頼したのは125日前のお前だよ。お前自身が記憶を取り戻したときのために案内しろといったんだ」


「そう」

私は顔をしかめた。何も納得できていないが、おじさんに頭を下げる。「お疲れ様です」

そして私はふらふらとその場を後にした。

家に帰ってからここでの不快な記憶をもう一回消そう、と決意しながら。


だが、おじさんを背に進み始めた私の帰路は、数歩で途切れることになった。


小学生くらいの少女が、道端でうずくまっているのが目に入ったからだ。

その姿を見た時、強烈なデジャヴが発生した。

どこかで見たことあるのに、どこで見たのかわからない。記憶の違和感。

しかもその少女は私をみて「あ、ちょうどよかった。助けてください、ゆかりさん!」と言ってきたのだ。


これで確定した。私はこの少女の記憶を消しているのだ。


私は少女に素早く呪いをかけ、気絶させた。

――これからは迷わない。


私は道端に倒れこんだ少女を放置して、歩き始める。


――柿の木で、私は、学習したんだ。

過去の私が記憶から消したいと考えたこの少女は、有害な存在に決まっている。

素水ちゃんも、同じだ。今回あったことを全部記憶消去して、これからは素水ちゃんとも会わないようにしよう。


私は帰り道を歩き続けた。

自分にとって都合の良い忘却を、繰り返しながら。

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日岐の柿の木(夕喰に昏い百合を添えて19品目) 広河長綺 @hirokawanagaki

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