雨降る夜のコンビニ

加茂

雨降る夜のコンビニ

皆さんは『雨がしょぼしょ降る晩に、まめだが徳利持って酒買いに』なんてわらべ歌を聞いたことがあるだろうか。この歌の通り豆狸という生き物は酒好きである。未だに木の葉を化かした偽札で頑張る連中もいるらしいが、殆どの豆狸は現代の素晴らしい印刷技術と偽札を許さない職人技に敗北し人間として働き合法的に所得を得て酒を飲んでいる。かくいう俺もその内の一匹。本当は不労働所得で酒が飲みたい豆狸の津田、二歳、青いコンビニの店員である。二歳といっても人間に換算すれば二十五歳、そろそろ身を固めたいお年頃だ。ちなみに豆狸だからといって腹鼓は打たない。


 深夜しょぼしょぼと雨が降る。コンビニというものは実に便利で、観光客が阿波踊りの時期にしか来ないような田舎でもしっかりと二十四時間営業。その上に酒や煙草までばっちり揃えられている。俺のひいひいひいお祖父さんの頃には個人経営の酒屋に無理やり売ってもらっていたのだと、よく祖母から聞かされたものだ。営業時間外に木の葉のお札で酒を買いに来る豆狸とは実に迷惑な話である。今日はどんな酒を買って帰ろうかと思案しながら商品棚の整理をしていると、自動ドアが開き軽快な入店メロディーが店内に響き渡る。約二時間ぶりの来客だ。

「いらっしゃいませー」

急ぎレジに戻る際にお客と目があった。年齢は三十路前後だろうか、ふくよかなお腹をハイビスカス柄のアロハシャツで覆い、サングラスで意外にも愛らしい目を隠している。『豆狸だ』と自分の野生の勘が告げる。客である豆狸も俺が豆狸であることに気づいたらしい。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。豆狸なのに。数秒の沈黙の後、お互いにそうっと目を逸らす。そして俺はレジへ、客狸は酒類コーナーへぎこちなく歩いていく。やはり酒を買いに来たのだろう、客は酒の並ぶ冷蔵ケースを上から下までをじっくりと値踏みしているようだ。俺はレジの後ろに設けられたカウンターにて煙草の在庫を確認しながら、時間を潰す。だがしかし、そんな時に限って煙草は十分に補充されている状態だったりするのだ。俺は三分だけ時間を潰すことに成功した。再び耳鳴りがしそうなほどの静寂が訪れる。お客が一人だけのコンビニほど中途半端な存在はこの世に存在しないのではないだろうか。ようやく客狸が商品を持ってこちらへと歩いてくる。待ちに待ったお会計タイムだ。

「これ、お願いします」

客狸が缶ビール三本と小ぶりな焼酎の瓶をカウンターに置く。

「二百八十四円が三点、千五百二十五円が一点、合計二千三百七十七円です」

客狸が財布から一万円札を静かに取り出した。

「一万円お預かりします」

特に何の変哲もなさそうな見た目であったが、札に手が触れた瞬間に本日二度目の野生の勘が仕事をした。

「お客さん、木の葉は困ります」

「……だめ?」

俺がそう言うと客狸は少し首を傾げて俺を見る。俺が人間で客狸が本来の獣の姿ならばまだ何かしらの効果があったかもしれないが、生憎豆狸同士では何もない。そして欲を言うならば可愛い雌狸でその仕草が見たかった。

「ダメです。合法的なやつでお願いします」

毅然とした態度で木の葉のお札を客狸に返却する。

「わし、今日は木の葉しか持ってないんだけど……」

「ダメなものはダメです。出直してきてください」

「お前も豆狸だろ?飲みたい時に飲みたいという気持ちが分かるだろう!」

客狸は鼻の穴を膨らませ興奮気味に主張する。酒が飲みたい気持ちは痛いほどに分かるが、俺は合法的に酒を売っているのだ。木の葉で支払われては非常に困ったことになる。

「気持ちは分かるけど、木の葉で払われたらレジの計算が合わなくて困る。今日のところは諦めろ」

客狸は少し恨めしげに俺を見た後にポンッとひとつ手を叩いて目を輝かせた。

「ああ!分かった!お前、化かすん下手なんだろ!」

「はあ?」

「木の葉で札や小銭を作れないだろう!だから真面目に働いてんだ!豆狸の片隅にも置けん奴め!」

客狸は俺を指差し馬鹿にしたように言う、いや馬鹿にしているのだ。

「下手じゃねーよ!」

「下手だろ!わざわざこんなとこでバイトなんかして!」

客狸がそれはそれは嬉しそうに木の葉のお札をヒラヒラとさせ、ふくよかなお腹を揺らす。その姿が実に腹立たしい。不労働所得どころか労働すらしていないニート狸に酒を売ってやる義理はどこにもない。俺は税金だって収め人間社会に貢献し、酒を得ているのだ。

「お前いい加減にしろよ!警察呼ぶぞ!」

「呼べるもんなら呼んでみろ!」

そう言って客狸は一歩後ろに下がりクルリと華麗に一回転する。回りきる頃にはアロハシャツの男はご立派な大虎に姿を変えていた。

「ガオッー!」

深夜のコンビニに似つかわしくない咆哮がこだます。俺の化け術が下手だと決めつけた上にあからさまな挑発行為、そっちがその気なら俺にも考えがある。制服の胸ポケットからボールペンを取り出し、ペン回しの要領でクルッと回す。

「手を上げろ!」

俺の手の中にはテレビや映画でお馴染みの麻酔銃。勿論もとがボールペンなので弾は出ないが、それは言わなければ分からないことだ。

「お前!それはずるいぞ!」

大虎の体が一瞬震え縮んだと思ったら今度は丸々と太った狸が現れる。

「木の葉のお札の方がどう考えてもずるいだろ!」

「いやいやいや!鉄砲とかdebt or aliveやろ!仙波山の狸になるわ!」

そう言って丸々とした狸が俺の顔に飛びかかる。

「うわっ!」

麻酔銃もといボールペンが落ちる。カランと軽い音がするとともに俺の見事な変化術も解け、床には丸々とした狸と、男前な狸が絡み合っていた。勿論男前の方が俺である。しかし、こんな所を人間に見られたら最後、恐怖の保健所送りになってしまう。それは良くない。非常に良くない。

「おい!一旦落ち着け!」

「うるさい!酒をよこせ!」

「今ここに人が来たら保健所だぞ!」

俺がそう言うと、客狸はピタッと動きを止めた。

「……仕切り直すか」

「いや、もう帰ってくれよ」

俺がため息混じりにそう言ったその時だった。軽快な入店音が店内に鳴り響く。現れたのはいかにもくたびれた中年の警察官だ。これはチャンスだ。木の葉の偽札犯には退場してもらって平穏な夜勤を取り戻そうではないか。

「お巡りさん!こいつ狸です!」

「お巡りさん!こいつ狸です!」

異口同音、お互いにお互いを指差し綺麗に声が重なった。ああ、終わった。さようなら、俺の合法的な所得。おいしいお酒。

「……俺も狸なんだけど」

「え?」

「え?」

警察官のいた場所にはくたびれた狸が一匹、困った顔をして笑っていた。

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