第一志望校、落ちました。
柊あひる
受験失敗
三月一日。
「……はぁ、やっぱり無いかぁ」
もう何回この合格発表掲示板を見直しただろう。
最初の方は見落としかな、と現実逃避をしていたのだが、三回目あたりから自分の受験番号は無いと察し、その後は無いと分かっていながら悪あがきをしていた。
「あるかなあるかな……あ、あった!」
「私の番号もあったよ! 一緒に書類もらいに行こう!」
そんな声が翔太の耳に響いた。
今更何を思おうが結果は変わらない。が、それを分かっていても合格者に対して羨ましいと思わざるを得なかった。
自分の受験番号探しを諦めてぼーっとしていると、翔太の耳にパチッと衝撃が走った。
「痛っ! ……って
振り向くと、肩まで伸ばした黒髪に、ヘアピンを付けた少女がいた。少女の持っていた入学書類の名前欄には、『
「しょーた、番号見つかった?」
「スルーですか」
「番号、あったの?」
聞かれたくない質問だったが、沈黙したところでどうせバレるのは明白だ。
「いや、やっぱり無かった」
「そう……残念」
鈴香は入学書類をリュックサックにしまい、悲しそうな表情を浮かべていた。
「ま、まぁ俺は
家鴨ヶ丘高校。翔太が滑り止めで受かった、白鳥海高校から徒歩二分の場所に位置する私立の高校である。
「でも、一緒の高校じゃないのは……寂しい」
鈴香は、合格した側の人間とは思えないほど辛そうな顔をしていた。まさかこんなに鈴香が悲しむとは思っていなかったので、翔太は内心驚くと同時に、申し訳ないと思った。
「なんだかんだ幼稚園も小・中学校も全部一緒だったからな。近いから一緒に登校することはできると思うけど」
「それじゃあ、意味が無い」
「意味?」
「……なんでも、ない」
翔太と鈴香は幼なじみである。お互いの家も隣同士で、親同士の仲も良く、小・中学校の頃はよく二人で一緒に登校していた。
確かに白鳥海と家鴨ヶ丘は近くにあるのだが、鈴香はどうしても同じ学校に登校したかったらしい。
「ばーか」
「何だよ急に、酷いなぁ。でも今回に関しては何も言い返せないか」
――――――沈黙が続いた。
鈴香と会話をしていた時はあまり感じなかったが、受験に失敗した、という事実が時間差で翔太を少しずつ苦しめた。
やっぱり結構きついな、涙腺が崩壊する前に家にさっさと帰るか、などと翔太があれこれ考えていると、
「仕方ない。私も家鴨ヶ丘に行くことにする」
鈴香の放った言葉が沈黙を破った。
「……は? 何言ってんだ。別にそこまでするようなことじゃないって」
それに自分のせいで鈴香の通う高校を変えるなんてことはしたくない、と翔太は言った。
「私は別に家鴨ヶ丘でもいい。いや、むしろ家鴨ヶ丘がいい」
「嘘つけ、お前散々白鳥海の調理部に入りたいって言ってただろ」
「あれは……文化祭の時に食べた調理部のシチューがあまりにも美味しかったから。自分も作れるようになりたいなって、ちょっと思っただけで……」
シチューで志望校を決める人なんて初めて見たな、と翔太は笑いながら言った。よほど恥ずかしかったのか、鈴香は顔を赤らめながら翔太の耳を指で思いきり弾く。
「痛い痛い、悪かったって。というか分かっているとは思うけど、家鴨ヶ丘には調理部なんて無いからな。大人しく白鳥海に入学してくれ」
「うぅ……」
翔太が耳への攻撃を避けるために距離を取ると、鈴香は唸りながら翔太を睨んだ。そんな鈴香に対し、何だか小動物みたいだな、と思いながら自転車に乗った。
「まぁともかく、合格おめでとさん。俺は家鴨ヶ丘の手続きしなきゃだから、先に帰ってるわ」
「何で、一緒にかえ……ん、分かった。ばいばい」
「おう。じゃ、また」
嘘だ。
本当は、家鴨ヶ丘の入学手続きの期限はまだ一週間ほど余裕がある。もちろん鈴香は、期限については知っていたので嘘だとは分かっていたのだろうが、引き止められることはなかった。
「あんなに辛そうな顔して。しょーたの馬鹿」
小さく、弱々しく放たれた少女の声は、自転車に乗った彼に届くことはなかった。
「あーあ。俺、落ちたのかぁ……」
翔太は自転車をかっ飛ばしていた。目に溜まっている僅かな涙は、向かい風のおかげで乾いていくので都合がいい。
白鳥海高校に入学するために必死で勉強をしていた翔太にとって、長時間いつも通りでいるのはかなりしんどかった。
「くそっ、不合格パワー舐めてたな。こんなに辛いものなのか」
意識をしないようにしても、定期的に『不合格』という単語が脳裏にちらつく。その度に身体の内側からスーッと悪寒が全身に行き渡る。そしてまた意識をしないよう自分に言い聞かせる……
このような負のループに翔太は嫌気がさしていた。
「……更に辛いのは母さんに不合格だったって言うことなんだよなぁ。あー、どんどん憂鬱になってく」
あれこれ考えてる間に、黒金家が見えてきた。どうせ結果はもう変わらないんだし、落ち込んでても仕方ない、と翔太は自分に言い聞かせながら家に入った。
「そっかー。白鳥海高校、受からなかったかー。でも人生で大事なのはどこの高校に行くかよりも、どれだけ楽しめるかだから! 元気出して!」
翔太の母、黒金
「えぇ、何で母さんそんなにテンション高いんだ……」
黒金家は母子家庭だ。幸い家鴨ヶ丘の学費は私立にしては安いのだが、公立である白鳥海より高いことに変わりはない。そのため、これから先はどうしても家計が苦しくなってしまう。
しかし梨花は嫌な顔一つしなかった。
「だって、ようやく翔太の入学先が決まったんだよ? テンションだって上がっちゃうよ」
梨花は『何当たり前のこと聞いてるの?』という様子だった。それを見ただけで、翔太は先ほどから続いていた受験失敗による負のループから抜け出せた気がした。
「そっか、ありがとう。家鴨ヶ丘でも頑張るよ」
「その意気だよ! でも今はゆっくり休みな。家鴨ヶ丘の入学式まで落ちたことをずっと引きずる訳にはいかないでしょ?」
「それもそうだな。いつまでも引きずるわけにもいかないよな」
そう言って翔太は自分の部屋に行き、ベッドに寝転がった。
黒金家から白鳥海までは自転車で約五分。そこで合否確認をして帰ってきただけのはずなのに、随分と時間が経ったような気がした。
「よーし、家鴨ヶ丘で死ぬほど高校生活を楽しもう。超絶可愛い彼女とかも作ってやる。そして、白鳥海なんて行かなくて良かった、家鴨ヶ丘で良かったって思えるようになるんだ」
そう自分に言い聞かせ、翔太は深い眠りについた。
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