▽ ▽ ▽



 友野が語りかけても、彼女はじっと自分を殺した男を見つめていた。

 理由のない死。

 偶然そこにいただけという最悪の死。


 納得なんてできるわけがない。

 東に手錠をかけられ、雨の中連行されていく後ろ姿を追いかけようと憑いていく……


「ダメだ。君は行っちゃダメだ」


 このままでは、彼女はあの子供の幽霊のように、復讐するだろう。

 一度、人に危害を及ぼしてしまえば、手のつけられない悪霊となってしまう。

 最悪の場合、それは関係のない人まで巻き込むことになる。

 友野は止めようとしたが、憎悪が増しているせいだろう……止まらなかった。


 龍雲斎の首に、手をかける。



『————夏目さん』


 彼女は名前を呼ばれ、ピタリと動きを止めた。


『夏目さん』


 あの雨の日、空から降ってきた鼠を見て以来、外に出ることを異常に怖がっていた最上愛里の声が、彼女の耳に届いた。

 雨が降りしきる、ほとりの森公園に。


『すぐに、気づいてあげられなくて、ごめんね……』



 夏目は辺りを見回すが、どこにも愛里の姿はない。


『夏目さん』

『夏目ちゃん』

『夏目さん』


 たくさんの人の声が聞こえて来る。

 それは、夏目の遺骨の前で、手を合わせ、成仏を願う愛里たちの心の声だった。


 龍雲斎の首を絞め殺そうとしていた手が離れ、彼女がまとっていた憎悪の塊のような空気が薄れ始める。

 同時に雨が上がり、雲間から日差しが差し込んだ。



「間に合ったか……」


 友野はそう呟くと、意識を失い後ろに倒れるのを、渚が支える。


「友野さん!?」


 真相を聞いて、友野と同じく泣いていた隼人が、驚いて駆け寄ると、渚は大丈夫だと言って笑った。


「大丈夫。ちょっと休めば、元に戻るわ……力を使いすぎただけだから」

「え?」


 その時にはもう、夏目の姿はそこになく、雨に混ざって降って来た鼠も消えていた。


 * * *




「あぁ、しんどい……」


 翌日、友野は占いの館のテーブルに頬をつけてだらしなくもたれかかっていた。

 渚は勝手に臨時休業の張り紙を入り口に貼ると、助手らしくコーヒーを人数分カップに注ぐ。


「こうなるなら、事前に言ってくださいよ。僕もしんどいんですけど……」


 倒れてしまった友野をおぶってなんとかここまで連れてきたが、隼人は意識のない友野が心配で帰るに帰れなかった。

 普段使わない筋肉を使ったため、筋肉痛になっている。


「全然目を覚まさないから、死んじゃったのかと思ったんですからね……」


 事件の真相を解明した後、ずーっと死んだように眠ってしまった友野。

 目覚めたのは本当につい先ほどだった。


「ごめんごめん。久しぶりに力を使ったから、その反動でね……」



 霊を見えない人間に見せたり、近くにいない人間の心の声を届けたり、久しぶりに色々やったせいで、友野の体力に限界がきていたのだ。

 特に、一時的ではあるが、あの場にいる全員に全ての心霊現象が見えるようにしたのが一番大変だった。


「いやぁ……あの空から降ってくる鼠には本当に感動しました。私ついついうっとりしちゃって————」

「…………」


 そういうオカルトや怪奇現象が大好きすぎる渚の恍惚とした表情に、若干引きながら、隼人は疑問に思ったことを友野に聞く。


「ところで、どうしてあの場にいたみんなは最初から龍雲斎に憑いていた夏目さんの霊が見えていたのに、あの人にだけは見えなかったんですか?」


 友野のおかげで、あの場にいた全員が最初から夏目の姿が見えていた。

 だが、なぜ取り憑かれていた龍雲斎だけが見えていなかったのがわからない。

 いくら偽物とはいえ、霊能力者でもなんでもない普通の人間にすら見えていたのにどうしてなのか……隼人はさっぱりわからなかった。


「あぁ、それはね……あの手首につけていた数珠だよ」

「数珠? あぁ、そういえば、刑事さんに外された途端に……」


 龍雲斎が手首につけていた翡翠の数珠は本物の魔除けの効果がある数珠だったようで、悪いものを寄せ付けない……というか、徹底的に見えないようにするものだったのだ。

 姿が見えなければ、怖がらせることもできないし、呪い殺すこともできない。

 要するに、魔除けの数珠というわけだ。


 龍雲斎自体は、偽物の霊能力者だったが、数珠は本物だった。


「はじめにあの男にあった時、もしかして、実は本物なんじゃないかと少し期待したんだ。あの子の霊がついている他にも、幾つも低級ではあるけど霊が取り憑いていたから……自分に取り込んでいくタイプの霊能力者なのかと……————」



 本物であれば、友野にとっていい理解者となってくれていたかもしれない。

 だが実際は、言葉巧みに人々を騙した詐欺師にすぎなかった。


「あぁ、それなんですけど……先生が寝ている間に、東刑事から連絡が来てまして……」


 渚は先ほどまでの恍惚とした表情から一転、真剣な表情で言った。


「龍雲斎、何も喋ることができなくなったようです」









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