第3話 放課後の教室と甲斐さんの秘密

「今日は最悪だったよ~」


 帰りのホームルームが終わり、凛が机に突っ伏しながら言う。


 確かに今日は最悪だった。凛のやつ、数学のあとも体育の授業でバレーをやったらしいのだが、顔面にボールが直撃してしまったらしい。今も鼻が赤くなっている。

 その後も古文の授業では、古文と間違えて現代文のノートを持ってきてしまい、しかもノートに空きスペースがなく、授業内容を書き残すことが出来なかったのだ。

 他の強化のノートを使えばいいのでは……? と思ったのだが、本人に「その発想はなかった!」と言われてしまえばもはや何も言えまい。


「凛、そんなに落ち込むなって。明日はきっといい日になるから……たぶん」


「明日は私のきらいな英語の授業があるよ~……。宿題の英文翻訳、毅教えて~」


「写させてもいいけどそれじゃ自分のためにならないだろ。それに俺の翻訳が間違ってたら責任取れないし」


「じゃあもう最終手段、スマホの翻訳アプリで……」


「たぶん翻訳の癖でいっぱつでバレるぞ……。頑張って英単語帳とにらめっこするしかないな」


「ふぇ~……。今日は推しのVtuverの配信があるのに~……」


 なんというか、ここまで落ち込んでるといたたまれない気持ちになる。凛にとって今週は厄日のバーゲンセールなのかもしれない。そんなセールあってたまるかと思うけど、悪いことは重なるっていうしな。

 俺も幼馴染の落ち込む姿を見続けるのは忍びないし、少しは助けになってあげたいのだが……。


「ねぇ毅、もしよかったらだけど……今日うちに来ない? ほら、デュエルの続きやろうよ!」


「そんなこと言って俺に宿題やらせる気だろ。その手には乗らないぞ……ってあれ?」


「ん? どしたの?」


「おかしいな……デッキがない」


 鞄の中を確認してみるがデッキケースは見当たらない。凛とデュエルしたあと確かに鞄の中に入れたはずなんだが。

 あ、そうだ。確かあのあと、暇さえあればもう一度デュエルできるように鞄の中から取り出して机の中に入れたんだった。

 それを忘れてあやうくデッキを学校に忘れて帰るところだった。あぶないあぶない。


「悪い、先に帰ってて。忘れ物したっぽい」


「ええ~、それなら待つよ? 一緒に帰ろうよ毅、宿題教えて~!」


「結局そっちが本命なんじゃないか! 今日は諦めて帰って勉強しとけって。じゃあまた明日な~」


「うわ~毅の薄情者~! 裏切った~! 私の純粋無垢な心を弄んで、なんてひどいやつなの~!」


「人聞きの悪い事を校門前で叫ぶんじゃねぇ!」


 ただでさえ女子受けの悪い俺の評判が更に地に落ちてしまうではないか。周りの生徒たちも俺と凛の様子を見てひそひそ話をしている始末。これじゃあ俺が凛に手を出した最低野郎みたいじゃないか。

 だが見ず知らずのやつらに弁明するというのもなんだし、ここはダッシュで逃げるしかない。おのれ凛め、あとでホラーな感じのスタンプを送りまくってやるからな……!



 ◆◆◆◆◆



 教室の前までやってきた俺は走って乱れた呼吸をゆっくりと整える。帰宅部オタクが急に走ると、ちょっとした運動で動悸がしてしまう。兄ちゃんみたいに普段から運動をするべきなんだろうか。

 そんなごく一般的な帰宅部男子の健康状態の改善を考慮していると、ふと教室の扉の向こうから気配を感じた。

 というのも、扉の向こうから物音と声が聞こえてきたのだ。どうやら誰かいるらしい。この時間は部活生は部活に行っているし帰宅部は帰ってる時間だ。一体誰がいるのだろうか。


 もしや先生だったりしないだろうな……!?

 抜き打ちで机の中のチェックとかされたら、俺の大事なデッキが没収されてしまう! それだけはあってはならないことだ。

 あのデッキは総計一万円以上の金額がかかっている。もし没収されてしまえば俺の資産を奪われるのと同義……! 高校生にとって一万円以上の価値のあるものを失うのはかなりでかい。swit〇hを失くすのと同じくらいのダメージだ。


 俺はおそるおそる扉に耳を立てて、教室の中の様子を伺う。


「ふーん……これが斉藤くんの……」


 女の声だ。ということは先生じゃない。うちの担任の辰川先生はアラフォーのおっさんだし、副担任の本多先生も若手の男性教師だ。

 つまり教室にいるのは女子ってことになるのだが、気になるのは声の主が俺の名前を口にしたことだ。

 たしかに今、斉藤くんって言っていたような……。


 少しだけ扉を開けて見る。教室の中には女子が一人だけしかいないようだった。だが不思議なことにその女子は俺の机のあたりに立っている。


「なるほど、大口叩いてるだけはあるって感じね。『BB』モンスターは展開力が売りだし、相手のモンスターを無視してプレイヤーに直接ダメージを与えられる。決まればワンショットキルは容易だわ」


 でも……とその女子は口にする。


「このデッキ……よっわ」


 は?


 はぁ!?!?!?!?


 誰だかわからないが、俺の魂のデッキを鼻で笑ったな! 弱いだと!? クラスで負けなしの俺のデッキを?

 完全に頭にきたぜ。女子でカードゲーマーって点は幼馴染の凛と共通点があるが、凛は人のデッキをバカにしたりしない。

 こいつは絶対性格が悪いやつだ。その面を今拝ませてもらおうじゃないか!


 俺は勢いよく教室の扉を開いた。そして謎の女子に向かって思いっきり叫んでやった。


「俺のデッキの何が弱いんだよ! 何様か知らないけど人のデッキをコケにしてくれるとはやってくれるじゃねぇか……って、お前は……」


「あ、あなた……どうしてここに?」


「それはこっちの台詞だっ! どうして……どうして甲斐が俺のデッキなんて見てるんだよ!」


 そう、そこにいたのは普段俺のことをやたら敵視してくる委員長風な女。俺の宿敵の甲斐だったのだ。

 カードゲームを否定するようなことを口にしていた甲斐が、なぜ俺のデッキに触れ、そして弱いなどと言ったのか。

 俺は夕日に染められた甲斐の姿に、ただただ唖然とするのだった。

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