第6話 最速レーサーは俺だ!

 今日は駅前に集合している。

 我らの駅は回らないロータリーになってるんだぜ!

 ただの駐車スペースとも呼ばれている。

 寿司なら高級感が出るんだけどね。

 休日なのに俺達が駅前に集まっているのは、タマさんと遊びに行くためだ。

 毎日学校帰りに会って仲良くしている内に、一緒に遊びに行く事になったからだ。

 特に珠美がしつこくて大変だった。

 服を選びに行きたいって言いだした時はゾッとしたぜ。

 デートしたい思春期の男子でも、女子の服選びは心が死ぬんだよ。


『俺を巻き込むな!』


 幸いな事にタマさんがお洒落に興味が無かったお陰で助かったぜ。

 まぁ、身綺麗な人だから意外だったけどな。

 代わりに大人の遊びを教えてやろうって言ってたけど……大丈夫だよな?

 俺達は未成年だからな。信じてるぜタマさん!

 約束の5分前に現れたミニバンが止まり、窓からタマさんが顔を出す。


「乗りな!」


 俺たちはミニバンに乗り込み2列目と3列目の座席に座った。

 2列目が賢治と沙織、3列目の後部座席に押し込まれたのが俺と珠美だ。

 後は助手席に座ったタマさんの隣、運転席の見知らぬ男性が気になる。


「コイツが気になるかい? ただのオートドライブ機器だと思ってくれ」

「田崎です、鈴木先生の教え子ですよ」

「誰が話して良いっていった! 黙らんか!」


 照れ隠しなんだろうけど、何だか可哀想な気分になるな。

 60才くらいの厳つい顔の男性が叱責される姿って……

 しかし、鈴木先生ってタマさんの事だよな。

 何だよ、先生やってたなんて一言も言ってなかったじゃないか?

 先生だったから学生の俺達に興味持ったのかな?

 珠美が目的地に着くまで沙織の隣に座れって言い続けて煩かった。

 いい加減諦めろ、そして気付け、沙織と賢治の気持ちにーー



 *



 目的地について車を降り、入り口に掲げられた施設名を読んで絶句する。

 カートランドだと! 何考えてんだ!

 タマさぁぁぁぁん!?


「何をビビっておる? 世界最速ドライバーなんだろ?」


 タマさんに挑発される。

 確かにタマさんに言ったさ。

 レーステクニックなら誰にも負けないって。

 世界各国のサーキットで最速タイムを叩き出したって自慢したのも覚えている。

 でも、ゲームの話って言っただろぉがぁぁぁぁっ!

 これ、どう見ても本格的なレーシングカートじゃないか!

 乗るの? これ? 今から?


「ねぇ流行ってないの? 私たち以外誰もいないじゃない?」

「これっ、人がいないのは貸し切りだからだ! 失礼な事を言うでない」


 相変わらず空気読まない珠美がキョロキョロ周囲を確認している。

 少し落ち着け!


「貸し切りって……大胆な事をしますね……」

「ふんっ、他人がいたらヒロと決着をつけられんだろ?」


 お嬢さまの沙織ですらドン引きしてるじゃないか?

 コース貸切ってでも俺に勝ちたいんか?!

 そりゃぁ、どっちが速いかって話で盛り上がったけど、普通はそこまでやらんよ!


「貸し切りだなんて申し訳ないです」


 賢治が頭を下げる。

 高校生相手にやりすぎだって、みんなが話している間に調べたら、休日の貸し切りは3時間で30万円以上かかるじゃねぇか!

 仲良よくなったとはいえ重たいは!


「子供が心配するでない。71年も独身貴族をやっているのだ。貴族の資金力を舐めるでない。私に足りないのは金じゃなくてエンタァテイメンツだ!」


 滅茶苦茶だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 71年独身貴族なんて自慢初めて聞いたぞ!

 気が引けるが今更キャンセル出来ないだろう。

 こうなったら徹底的に乗っかってやるさ!


「ふっ、現実なら俺に勝てると思ったか? ゲームじゃ無くても俺が人類最速の男だ!」

「それでこそヒロだ! だけど勝てると思うのは浅はかだねぇ。私が何年カートやってると思ってるんだい? 今日はマイカートじゃなくて、レンタルカートを使ってやろう。互角の条件でコテンパにしてやるからな?」


 マイカートって何ですか?!

 タマさんが言ったらショッピングカートを想像しちゃうけど、話の流れだとレーシングカートの事だよな。

 タマさん、ガチ勢ですか?! だけど俺は負けねぇ!

 今はeスポーツって言われるだろ?

 ゲームで最速は現実でも最速なんだよ!


「俺が勝ったら分かってるだろうな?」

「ヒロこそ負けたらどうなるか覚悟出来ているな?」


 タマさんが挑発的な笑みを浮かべる。

 負けてたまるかっ!

 話し合って、田崎さん以外の俺たち5人でレースする事になった。

 周回数は6周。安全を考えて3周目のスタート地点からレース開始のローリングスタートだ。

 だから実質レースは3周回になる。

 俺たちはレンタルカートに乗り込みコースに乗り出した。

 俺、賢治、沙織、珠美、タマさんの順番で並んで走る。

 まずはコースの下見だな。コーナーは7つ。

 ヘアピン3カ所で追い抜くのは危険だな。やるなら最終コーナーだ。

 タマさんはカート経験者だから手ごわそうだな。

 慣熟走行中にゲームと現実のカートの違いを補正しなければ!


「ひゃぁぁぁぁっ!」


 何だ、何が起きた? 珠美の悲鳴が聞こえた。

 気になるが安全の為、走行中に背後を振り返られない。

 第3コーナーのヘアピンで折り返して、第2コーナー側を見るとーー


 ええっ、何で珠美の奴コースアウトしてんだよ!

 そこ、アクセル踏んで抜ける緩いカーブだろ!

 しかも慣熟走行中で速度落として走ってるのに?

 珠美は小柄で活発な性格なのにドジなのか?

 まぁ俺とタマさんの勝負の邪魔にならなきゃいいか。


『サヨナラ珠美!』


 珠美が脱落した後は順調に周回を重ねて、ついにレーススタートとなる。


『いっくぜぇ!』


 俺はアクセルを全開にする。

 タイムアタックモードで位置取りの優位を利用する。

 このまま一度も前を走らせないぜ。

 第5、6コーナーのS字ヘアピンで後ろの状況が見えたが……何だと、もう賢治と沙織が抜かされている。

 何やってんだよ賢治!

 沙織は兎も角、賢治はタマさんを止めろよ。

 何で沙織とドライブデートしてるみたいにタラタラ走ってる?

 仕方がない、俺一人でタマさんに勝って見せるさ。

 残り2周の第4コーナーを抜けた後のバックストレートでタマさんに背後につかれた。

 くそっ、タマさん速ぇ。


「どうしたヒロ、後は抜き去るだけだよ!」


 くっ、背後を振り返らなくても、タマさんが俺と同じ最速ラインを走行しているのが分かる。

 タマさんの方が俺より速い、だけど追い抜かれる程ではない。

 このまま最速ラインを維持していれば俺の勝ちだ!


『教えてやる! タマさんの敗因は俺より後ろでスタートした事だ!』


 最終周回も順調に走行出来ている。もはや、タマさんの勝機はない。

 そう思った第6コーナー直前で、タマさんがイン側を攻めようとしているのが分かった。


『甘めえよ!』


 俺はイン側にラインを移し進路を塞いだが……タマさんがイン側に来ていない?!

 走行ラインが交差して、タマさんがアウト側に来ている。

 まずい、イン側につく為に減速したからタマさんに並ばれた。

 最終コーナーでイン側が俺、アウト側がタマさんの並び。

 イン側に押しやられたせいで、コーナリングスピードが稼げねぇ。

 最後はホームストレートでの加速勝負。

 だけど、加速性能が同じカートを使っているから、最終コーナーの速度で差を付けられた俺が勝てる事はない。

 車体半分の差で俺はタマさんに敗北したーー



 *



 レースの後、僕達は休憩室で休んだ。

 俺に勝ったタマさんも流石に疲れたようだ。

 珠美と沙織と一緒にぐったりと休んでいる。


「負けちゃいましたけど大丈夫ですか?」

「覚悟してたけど、すっげぇ悔しいな!」

「はぁ? 何か約束していたのでは?」


 田崎さんに問われて思い返すが何も思い出せない。


「何も約束してないですけど」

「ヒロらしいね、その場のノリで約束っぽい事言っただけでしょ」


 田崎さんは不思議な顔をしているが、賢治は分かってくれる……流石俺のソウルメイトだ。

 女に生まれ変わったら俺と結婚してくれ……ってのは冗談だ!

 正直、女子苦手だから男友達感覚でつき合える女子いないかなって常々思ってる。

 だからかな? 悪戯好きで、さっぱりした性格のタマさんといると安心出来るんだよね。

 まぁ71才は流石に俺の恋愛対象外だけどな。

 でも、あの17才の二人に挟まれたタマさんも同じように17才の同級生だったら……俺はどういう風に思ったんだろうなーー

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