第2話 こいつ好きになれねぇな。

 帰りの支度を終えた僕達4人は学校を出て山を下った。

 そう、俺たちの学校は山を登った所にあるのだ。

 山の中腹を切り開いて建てられた校舎。

 登校という名の登山。

 学生に質実剛健を目指せと言うのは定番だが、強制的に運動させる学校はあまりないだろう。

 毎日が苦痛だ……だけど、救いもある。

 この坂を下った先にあるパン屋。

 そこで売っている焼きそばパンのお陰で毎日の苦行に耐えられている。

 昼食用だけでは足りない、当然帰りも買って帰るのが日課だ。

 だから今日もーー


「自己紹介も兼ねてファミレス行きましょう」


 待てや沙織さん?

 今からファミレス行ったら俺の焼きそばパンいやしはどうなる?

 名前なら保健室で名乗ったんだから、改めて自己紹介なんていらねぇよ。

 俺は救いを求めて賢治を見た。


「分かったよ、ヒロも小鳥遊さんの事が気になるよね」


 賢治が俺に対してウインクをしながら見当違いの返答をした。

 何で転校生の女子が気になるだろって顔してんだよ!

 保健室でのやりとりを見てただろ?

 あの悪魔を気にしているのは、これ以上被害を被らないか監視しているだけだ!

 小学校からの親友なのに全く意志の疎通が出来ていない。

 こんな事、今まで無かった……まさか、アイツのつむじの直撃で俺たちの友情まで絶たれたのか?


「私が来た目的をじっくり聞かせてあげる。覚悟しなさいよ斉藤博樹!」


 はぁ、ファミレスで自己紹介するのに、何の覚悟が要るってのかい?

 しかも目的を教えるって、聞いてもいないのに勝手に野望を語り出すRPGの魔王か?

 気が乗らなかったが、俺は愛しの焼きそばパンに別れを告げ、駅前のファミレスに連行された。

 俺はパスタを頼んだぜ。触感だけでも焼きそばに近い物を選びたかったんだ。

 そして沙織の主導で自己紹介を始める事になった。


「彼女は小鳥遊珠美さん。私の親戚よ。ちょっと事情があって私達の学校に転校する事になったの。短い間だけど宜しくお願いね。私は全員と知り合いだから、ケンジとヒロの二人から自己紹介してね」


 ちょっと事情か……

 ハッキリものを言う沙織にしては珍しいな。短い間というのも気になる。

 今は高校2年の2学期ーー卒業まで1年と数ヶ月の付き合いだから、短いと言えば短いけどワザワザ言う事だろうか?

 俺が考え事をしていると賢治が先に自己紹介を始める。

 出遅れた……


「改めて自己紹介するけど、僕は赤羽賢治。小鳥遊さんの様な可愛らしい女性と知り合えて光栄だよ。僕はーー」

「チャバネね。分かったから自己紹介は十分よ!」


 小鳥遊さんが賢治の自己紹介を遮った。

 そしてチャバネ扱いをされた賢治がうなだれる。

 どんまい賢治!

 学校一のイケメンが台無しだな。

 小鳥遊さんは賢治が嫌いなのだろうか?

 女性に嫌われた事がない賢治は、どうしたら良いのか分からないようだな。

 見た目・性格・スポーツ・学校の成績ーー全てが完璧な賢治は、女子から好かれる事はあっても嫌われた事がない。

 自慢じゃないが、女子に嫌われているのは俺だ!

 賢治が彼女を作らず、いつも俺と一緒にいるからなんだぜ。

 賢治が俺と遊ぶのに夢中なせいで、付き合うチャンスを失ったとの公式見解なのさ!

 まぁ、付き合いが長い俺から見たら、賢治が沙織以外と付き合うなんて考えられねぇ。

 二人がさっさと付き合ってくれたら、俺も安心して彼女を作れんだけどな。

 しみじみと考え込んでいると自己紹介を催促される。

 おおっ、忘れとった!


「俺は斉藤博樹! 焼きそばパンをーー」


バンッ!


「そういうのは、どうでもいいから! 沙織とはどうなの?」


 小鳥遊さんが俺の自己紹介を遮ってテーブルを叩いた。

 こいつ好きになれねぇな。

 テーブルを叩くな!


「沙織は幼なじみだけど。どうって、どういう意味だ?」

「二人の関係に決まっているでしょ?」


 こいつ一体何を言っているのだ?

 保健室でも俺と沙織との恋いを成就させるって言ってたけど……


「珠美! テーブルを叩くなんて行儀が悪いわよ」


 すかさず沙織が小鳥遊さんを注意する。

 出たっ、沙織様の説教!

 ずっと強気だった小鳥遊さんが、予想外の落ち込んだ姿を見せる。

 沙織には弱いのか?


「ごめんなさい……どうしても沙織の恋を応援したかったの……」

「意味分からないわよ。恋の応援をしてくれるのは嬉しいけど、どうして相手がヒロなの?」


 それは俺も思う。

 初対面の小鳥遊さんに沙織とくっつけると言われても違和感しか感じない。

 沙織は幼馴染だし、仲も良いけど、友人であって恋人じゃない。

 もしかして沙織が自宅では俺の事を好きだって言ってるのか?

 それは、ありえん! 思わず自分でツッコミを入れる。

 いつから沙織を見てきたと思っているんだ?

 俺は沙織が賢治の事を好きだって知っている。

 それでも二人が付き合わない理由は俺だ。


 俺は賢治と親しい事で女子から嫌われている。

 俺は沙織と親しい事で男子から避けられている。


 人気者と友達ってのも楽じゃない。

 そんな俺の状況に二人は気づいている、だからーー


 賢治は俺が彼女を作るまで、沙織に想いを告げる事を止めている。

 沙織は俺が一人になる事を恐れて、賢治に想いを打ち明けられていない。


 抜け出せる見込みがない膠着状態……それが俺達の関係だ。

 小鳥遊さんはそれを知って言ってるのか?


「だって、沙織が部屋に飾っている写真。大切な人の写真だって言ってたじゃない。そのチャラそうな男は絶対ないから、消去法で斉藤博樹しかいないじゃない!」

「珠美! 二人とも私の大切な友人よ! それだけだから!」

「でもっーー」

「でもじゃないっ!」


 沙織が珍しく語気を強めて小鳥遊さんの話を止める。

 これじゃ仲良くって訳にはいかないよな。


「ほらっ、食事が届いたよ。小鳥遊さんはラザニアだったよね。美味しそうだよね?」


 ナイス賢治!

 ゴキブリ呼ばわりされても優しい態度を崩さない。俺達の良心だ!

 食事の横やりが入ったお陰で助かったな。

 結局、強引な小鳥遊さんのせいで気まずい思いをしたが、お互いの呼び方だけは決めた。

 しかたがないが俺も小鳥遊さんの事を珠美って呼ぶ事にした。

 名前で呼び合う程、仲良くはなれそうもないが、俺達が名前で呼び合っているのに一人だけ名字だと浮くからだ。

 沙織のお願いだから仕方がないか。

 俺はずっと3人だった関係に入ってきた珠美異物に居心地の悪さを感じていたーー

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