不幸というのはいつだって、タイミングを見計らってここぞという時に降りかかってくる

「ねえ、佐藤くん。春風さん、最近ぼーっとしてる気がしない?なにか心あたりとかある?」


 登校日初日の昼休み、大助がそんなことを聞いてきた。


 なるほど。そういうことか。ぼくはその理由にすぐ見当がついた。


「それはな、大助。春風さんは恋、してるんだよ」

「ぼく、真面目に聞いてるから」


 真面目に答えたというのに、まるでぼくがふざけているかのような言い草だ。


 春風さんがぼーっとしてる、ねえ……。ぼくとしては普段と変わらないように見えたけど。


 しかし声も顔も見ず数少ない情報だけで本人だと判断できるベテランストーカーの意見だ。的外れと決めつけるのは早計だろう。


「夏休みの余韻でも引きずってんじゃないのか?」

「そんな感じじゃないと思うんだけどなあ。春風さん、この間海に行ったときも体調不良で欠席してたんでしょ?最近劇の練習でもミスが多くて、なんか心配で……」


 ぼくの予想は納得いかなかったらしく、大助は腕を組んでうーんと唸った。


「なあ大助。もし仮に春風さんに悩みがあるとしたら、これはむしろチャンスだ」


 大助が春風さんの悩みを解決する→スキッ!という完璧な攻略ルートが脳内に描かれた。


「人が困ってるのをチャンスなんて言うのはよくないと思うけど」


 もっともな意見に言い返す言葉が見つからない。このお人好しめ。


「そうだな……よし、声をかける時の合言葉は『どうしたの?なんかあった?俺でよかったら話聞くよ?』これでいこう」

「それ悩み聞く気なんてまったくない、下心しかないやつのセリフじゃんか……」

「まあまあ、聞いてみるだけならタダだろ?」

「聞いてみるだけならタダか……。うん、そうだね。その合言葉は死んでも使わないけど、ちょっと頑張ってみるよ」


 金髪イケメンから拝借したセリフは、大助には結構響いたらしい。


 そう頷くと、大助はさきほど教室を出た春風さんのことを追いかけに行った。


 そういえば、いつもは他人のセリフをパクろうものなら間髪入れずにボロカス言ってきそうな鬼共が、今日は気持ち悪いくらいに静かだった。海の時と違って、特になにかイベント中ってわけでもないのに。


 ぼくはなぜだか妙にそのことが頭の隅に引っかかった。




 ……おかしい。あれからだいぶ時間が経ったのに、大助が教室に戻ってくる気配がない。それだけ会話が続いているのなら喜ぶべきことではあるけど。


 なんてことを考えて伸びをしていると、教室の扉が勢いよく開く。現れたのは、息を切らせた小川さんだった。


「あっ。さ、ささ佐藤さん!大変です!」


 彼女は周囲の確認もせず、ロールプレイも忘れて素の話し方でぼくの方に駆け寄ってくるほど慌てていた。一体なにがあったというのだろう。


「今、春風さんと西宮くんが階段から落ちて保健室に!」


 別に時空間移動をしたわけでもないのに、ぼくの目の前は真っ暗になった。


 クラスメイト達がずらずらと保健室に行って事情を聞いたところによると、階段から足を踏み外して落ちる春風を庇うようにして、大助も一緒に落ちたらしい。


「ちょっと痛いけど、ぼくは頭にたんこぶができたぐらいかな」


 大助は、庇ったというにはケロッとしているようだった。しかし問題は春風さんの方である。


「西宮くんがかばってくれたんだけど……でも」


 ベットに座る春風さんが自らの足を見て、言いづらそうに言葉を詰まらせる。


「その、まだわからないけど右足が折れてるかもしれないらしくて」


 そして、そう歯切れ悪く言って顔を伏せた。


「よりにもよって……」


 金髪イケメンのその言葉を最後まで発されることはなかったが、おそらく全員が同じ気持ちだっただろう。


 よりにもよって、なぜ今なのか。


 ぼくたちはただ祈った。怪我がたいしたことがなくて、劇にはなんの影響もありませんようにと。


 でもそんな祈りも虚しく、その日の夕方、やはり右足が骨折していたらしいことがクラスのグループチャットで連絡された。

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