過度な期待をしてしまうと、それなりの成果じゃもう満足できなくなる現象

 周りはアニメや漫画のキャラのコスプレをしている人も多くて、まるで異世界にでも迷い込んでいる気分になる。


「おい、道ぐらいは教えてくれてもいいんじゃないかアドバイザー」

「はっ。仕方ない。おまえがあまりにも哀れだから教えてやろう」


 偉そうに腕を組みながら、閻魔ちゃんが現れた。


「えーっと……よし、教えてやれ青鬼」


「えーっと」とか言っちゃってますけどこのアドバイザー。なあ、わかんないのになんで出てきた?この役に立たずめ。


「……佐藤さんがいるのはコスプレ広場ですね。まあ、周りも見れば気付けると思うのですが……」


 青鬼さんは閻魔ちゃんに白い目を向けながらも、しっかり説明してくれた。閻魔ちゃんは目線をあらぬ方向に泳がせている。


 青鬼さんの言うことはもっともで、周りを見るとそこかしこでコスプレイヤーの人が取り囲まれて写真を取られていた。


 せっかくだから、ここで時間をつぶすことにしよう。目の保養にもなりそうだ。


 そう思い、ぼくはコスプレイヤーにわらわらと群がっている人だかりの後ろから、つま先立ちで被写体となっているコスプレイヤーさんを確認する。そこには、ぼくも知っている人気アニメのキャラクターがいた。


 まるでアニメから飛び出してきたみたいなクオリティリだ。まな板のような貧乳キャラだというのに、そんなところまでしっかりと再現して……あ、鎖骨の上にほくろだ。


 ん?あの絶壁のような胸にあのほくろの位置……どこかで……。


 その光景に、猛烈な既視感が僕を襲った。似たようなことをつい最近思ったような……。


「そうだ!あの胸、あれ七瀬さんだ」


「おまえは人を顔じゃなく胸で判断してるのか?」

「それでよく西宮さんの人物識別方法をとやかく言えたものですね」


 鬼どもがこれでもかと揚げ足をとってきた。本当に、アドバイスをしないなら静かにしててほしい。


「いや、これはこの前脅されたとき、服の隙間からちらって見える谷間がないなーって思って、よく印象に残ってるからであって」

「死んでください」

「ま、こいつはもう一回死んでるわけだがな」

「何度も何度も苦しみ悶ながら死んでほしいものですね」


 言い訳も虚しく、青鬼さんが急に鬼のようなことを言いだした。いや、鬼なんだけどさ。最初の丁寧で優しい青鬼さんが恋しい……。


「わざと胸を潰している別人という場合もあると思いますけど……?」

「あれは天然の貧乳ですね。ぼくが言うんだから間違いないです」

「嫌な目利きだな」

「迷いがないのがなおのこと気持ちが悪いですね」


 取り尽く島もなく、鬼二人は蔑んだ視線を更に冷たくしてぼくを睨んだ。


「なあ閻魔ちゃん」

「なんだお胸大好きドスケベ男」

「……あれって七瀬だよな」


 変なあだ名をつけられたが、スルーしてぼくは尋ねた。……このままずっとこの呼ばれ方ってわけじゃないよな?


「声をかけて確かめればいいだろうに」

「いやー、この状況で声かけられるのは勇者だけだよ」


 この人だかりをかき分ける度胸も、なにか大声を出して視線を集める勇気もぼくにはないね。


 ぼくの前で七瀬(仮)を撮影している人達が、「ちっぱい最高」「ちっぱいバンザイ!」


 とか騒いでいる。全員通報されてしまえ。


 ぼくはスマホのカメラで、何枚か七瀬(仮)の写真を取っておいた。胸とほくろがよく映るようにして。


『佐藤くん。春風さんと別れたから、とりあえず合流しようよ』


 片耳に挿していたイヤホンから、大助の声が聴こえてきた。すこしテンションが低い気がするが、なにかあったのだろうか。もしくはなにもなかったのだろうか。

 ぼくは、青鬼さんの誘導もあって、なんとか大助が指定した合流場所にたどり着くことができた。自称アドバイザー達がはじめて役に立ったかもしれない。青鬼さんは、「わたしはナビではありませんからね」とちょっと怒っていたし、閻魔ちゃんは依然として役立たずなわけだが。


「春風さんはオタクじゃなくて、友達に誘われただけ?」


 大助に二人になってどうだったと聴いたら、そんな返答が返ってきた。


「うん。そう言ってた。こういうの好きなのって聞いたら、結構必死な様子で否定してたよ」

「誘われたってことは、オタクの友達はいるってことだろ?なら少なくとも、オタクを毛嫌いするような人じゃないってのはわかったわけだな。よかったじゃないか」


「う、うん。そうなんだけど……」


 散々気にしてたんだから、両手を上げて大はしゃぎしてもいいくらいなのに、なんだかしまりのない返事だった。


 ははん。こいつさては。


「おまえ、オタク会話で盛り上がれるかもって期待しちゃったんだろ」


 オタクを嫌がられないより、もっと上を期待してしまっていたのだ。素直に喜べないのも納得である。


「ぐっ。ち、ちがっ……わないけどさあ。なんでわかるんだよ」

「そりゃ、ぼくがおまえの心の友だからだよ」

「心の友って……。確かにきみ、性格はジャイアンっぽいよね」


 大助はすねたように口を尖らせた。


「褒め言葉として受け取っておこう」


 ぼくは大助のしょんぼりと下がった肩に手を回した。


「言っただろ。オタクじゃないのなら、オタクにしてしまえばいいんだ」

「でも布教ってだいたいがうざがられるもんなんだよね。妹にやったときは全然だったし……」

「それは上手くは言えないが心配するな」


 大丈夫、おまえの妹ちゃんはおまえがなにをするまでもなく、すでに筋金入りのオタクだから。家族にばれないように偽装してるだけだから。近いうちにおまえの母親が、妹ちゃんの部屋から男と男が絡み合ってる薄い本を見つけて家族会議になるから。この会場に来ている可能性だってあるかもしれない。


 今は頑張って全然興味ないですけど?って振りしてるんだろうなあ妹ちゃん。そう考えるとなにやら微笑ましい気持ちになる。


「ま、どうせおまえはそっち方面の話しかできないんだ、春風さんとの会話を盛り上げるには彼女をオタクにするしかないんだよ」

「そんなこと無いよ失礼な!あと、ぼくもコミケには佐藤くんに誘われてきたってごまかしたから、まだオタクだとはバレてない……はず。

「おまえさあ……」

「やっぱり苦しい言い訳だったかな?」


 大助は不安そうにぼくを見た。


 自分のその言い訳を苦しいと感じるのなら、コミケに来た理由について、自分の言い訳と同じことを言った春風さんの方も、オタクを隠そうと嘘をついたとは思わないのだろうか。


 それにしても、春風さんは友達と来たと言っていたらしい。そういえば、今日この会場で見かけたやつに、春風さんの親友を自称していたやつがいたなとぼくは思い出した。


 コミケから家に帰ってきてすぐ、ぼくはくたくたになりながらも、七瀬さんへと通話をかける。


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。親友から攻略するのは、恋愛における定番なのである。

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