クラスに友達が居ないやつは、たいてい周囲の会話に耳を澄ませている

 

「ど、どう……だった?」


 放課後、大助の家で作品を一つ読み終わると、大助は上目遣いでぼくを見て、恐る恐るといった様子で感想を尋ねてきた。


「正直に言っていいか?」

「できればちょっと手心を加えてもらえると……」「正直に言うと……」「ねえぼくの話聞いてる?」「めっちゃ面白かった」


 ぼくの言葉に、大助の動きがぴたりと止まった。


「確かにおまえの人生の1億倍は面白かったな」「そうですね。なかなかの良作だと思います」


 ほらみろ、鬼二人のお墨付きだから間違いない。


 再起動した大助は、へへへへと照れ臭そうに自分の頭を撫でて、お茶を飲んだ。


「ところでさ、この小説、ヒロインのモデルって春風さん?」


 大助の想い人の名前を出すと、正面にいる大助がお茶を吹き出して、ぼくの顔周辺を盛大に濡らした。


「おまえなあ……」

「ごごめん。ていうかえ?そんなに似てる!?」

「正直わからん。ただ、おまえが春風さんのこと、授業中とか休み時間とかちらちら見てた気がしたからカマをかけてみた」


 それも嘘だが、そんなことを知るよしもなく大助はこれでもかと慌てふためいていた。


「そ、それは佐藤くんの勘違いだよ!」

「ほお?」


 こっちはもうおまえが春風さんが好きということを事実として知っているのだが、言い訳くらい聞いてやるとしよう。


「小説を書くのにクラスの人を参考にしてるんだ。だから、別に春風さんのことだけを特別見てたわけじゃないよ」

「ヒロインにするのもたまたまってことか?」

「そ、そうだよ!」


 苦しい。あまりにも苦しすぎる言い訳だった。


「それに、春風さんとぼくみたいな根暗でオタクなぼっちとは立ってる舞台が違うよ……。釣り合いやしないんだ」


 大助は、すこし寂しそうに眉を寄せて笑った。


「まるで叶わぬ恋心を抱く乙女ですね」

「ウジウジウジウジと、男らしくないだけではないか。自分で出した条件だが、これで告白なんてできるのか?おまえの地獄行きも時間の問題だな……」


 おい、自称アドバイザーが勝手に諦めるな。


 ……しかし閻魔ちゃんの言う通り、当の本人がこんな有様じゃあ、文化祭までに告白して付き合うだなんて、夢のまた夢だろう。


「いいか、ぼっちっていうのは一人ぼっちだからぼっちなんだ。そして今おまえはぼくと一緒にいる。だからぼっちなんかじゃない」

「そ、そっかあ!」


 周囲から見たらどうかは知らないが、こいつと十年以上友達やってたぼくからしてみれば、根暗なんじゃなくてただの内弁慶だ。まずはこの自己評価の低さをどうにかしなくては。


「そうだそうだ。だからぼくなんかって春風さんのことを諦める必要はまったくないんだぞ」

「い、いやいやいや、それとこれとは話が別だよ!そもそも、接点とかないし」


 まるで接点があるならアタックするかのような言い方だった。どうせ日和るくせに!


「別に好きじゃないって否定するのはやめたんだな」

「……す、すきじゃないよ」


 大助はハッと思い出したように目をそらしながら、か細い声でそうつぶやいた。往生際の悪いことこの上ない。


「よし。ぼくがおまえにとって恋のキューピットになってやる」

「こんなキューピット嫌だ……」

「そんな顔するなよ、傷つくだろ」

「たぶん君はこんなことで傷つくたまじゃないと思う……」


 まったく、ガラスのように繊細な感性の持ち主になんて失礼なことを言うのか。


「ところでさ、恋のキューピットになるにあたり足りないものがあるんだ」

「なに?純真さとか?」


 抵抗しても無駄ということに気づいたのか、大助からやけくそ気味の返答が返ってきた。


「それはな、クラスのやつらの情報だよ」


 正直言ってぼくの記憶は曖昧だ。こんなやつがいたなーというのは大雑把に覚えているけど、それだけだ。で、えっときみ誰だっけ?とか言ってクラスで浮くわけにもいかない。攻略対象である春風渚さんのことも知りたいし。


 どうやらキャラの参考にするためにクラスメイトをよく見ているという苦し紛れの言い訳は本当だったらしい。誰がどんな部活に入ってて、どのグループに属しているか、どんな性格かまで大助は一人一人詳細に教えてくれた。


「それで春風さんは演劇部なんだけど、演劇部は実質廃部というか、部員が春風さん一人しかいないんだよね」


 まあ、その中でもダントツで春風さんの情報量が多かったけど。……こいつは好きという気持ちを隠す気はあるのだろうか。


「ていうか、自分のクラスでしょ?普通これくらい自然に知ってるもんだと思うけど……」

「むしろボッチとか自分で言ってるくせにこんなにクラスメイトに詳しいおまえがおかしいんだよ。あと春風さんの情報量、普通じゃないからな。軽くストーカーの域に入ってっからな」

「そんなことないよ、クラスメイトなら普通だよ!ちょっと周りの会話に耳を澄ませてるところはあるけど!」


 それは言い換えるなら盗み聞きである。


「それにしても小説家の卵に、校内唯一の演劇部ね……」


 なるほど。なぜ二人が運命の相手で、文化祭が終わるまでがタイムリミットなのかわかった気がする。


「なあ、文化祭の出し物決めるのっていつかわかるか?」

「え、明日って先生言ってた気がするけど……」

「ふーん。まあ、せいぜい楽しみにしておくといい」


 なあ大助よ。自分と彼女は立っている舞台が違うって?なら同じ舞台に引きずり出してやろうじゃないか。


「さ、佐藤くん。な、なにたくらんでるの……?」


 目の前の大助は、なぜかぼくを見てプルプルと震えていた。なるほど。これは確かにチワワだなとぼくは納得した。


 とにかく明日が勝負の日だ。

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