過去に戻るのもただではない
「残念なことに、未来のことを自分以外の人間に伝えるのは禁止されている行動の一つだ。で、禁止された行動をするとここに戻ってくるようになってる」
「やれやれ、こうもすぐ失敗するとは情けない」と、閻魔ちゃんが肩をすくめた。そのしぐさにぼくはイラっとした。
「だからなんでいつも後出しなんだ事前に全部まとめて説明してくれよ!」
「説明めんどくさいし、やったら覚えるかなーって」
ぼくが叫ぶと、閻魔ちゃんは悪びれた様子など一ミリも感じさせずにそう答えた。ぼくのイライラは更に募った。
「かなーっじゃねーんだよ!」
「さっきからことあるごとに怒鳴ってからに。、まったく心の狭いやつだ」
閻魔ちゃんは「まったくしょうがないな」とでも言いたげに首を振る。ふざけんな、こっちは地獄行きがかかってんだぞ!
「まあ閻魔様が説明しなかったのも悪いですが、どっちみち佐藤さんの発言は信じてもらえず、西宮さんに頭のおかしい奴だと警戒されて近づけなくなってましたけどね」
「そうだそうだ、伝えていたとしてもどっちみち失敗していたのだ」
「そんなことわからないだろ!」
「それがわかるのだ。私達鬼は、過去に戻った人間の行動によって、変化した未来を観測できるのでな」
閻魔ちゃんの言葉を言い換えると、鬼は未来予知ができるということだろうか。時空間移動なんてもんができるんだから未来が見えるくらいできて当然なのかもしれないと納得してしまうあたり、ぼくも段々とこのおかしな状況に慣れつつあるらしい。
「じゃあなにか。罪の帳消しに失敗したからぼくはもう地獄行き決定ってことなのか?」
「いや、そういうわけではないぞ」
「……そのですね。申し訳ないことに、まだ閻魔大王様が説明してないことがあるんでよ佐藤さん」
「まだあるのか……」
ぼくがげんなりと呟くと、青鬼さんがすいませんすいませんと申し訳無さそうに頭を何度も下げた。まるで子供が問題を起こした母親のようだ。
「よしこれを見よ!」
閻魔ちゃんが勢いよく叫ぶと同時に、地獄行きメーターの隣に、白色に輝く液体の入った、新しいメーターが出現した。
「これは善行メーターと言ってな。名前の通り、お前が生前に行ってきた善行を数値化したものだ。これはおまえが転生する時に使われるものでな。よく見てみろ、メーターの横に目盛りと文字がセットで書いてあるだろう?アレがそれぞれの生き物に転生する際に必要なメーター量だ」
確かに目盛りのところどころに人間、猿、犬、虫、などの文字が書いてあった。そしてその輝く白い液体は人間のメモリを悠々と越していて、ぼくはほっと息をついた。
「おまえ今、人間に転生できると思って安心したな!?」
「なんだよ。なにか悪いのかよ……」
考えていたことを閻魔ちゃんなどに言い当てられて、ものすごく不快な気分になった。
「ところが残念なことに、この善行メーターには転生以外にももう一つ使い道があってな。
「別の使い道?」
閻魔ちゃんの言葉にぼくは首をかしげた。
「もうひとつの使い道はな、一定のメーター量を消費して過去に戻ることだ」
「……つまりどういうことだ?」
正直もう、なにがなんだかわからない。頭を回すのも面倒になってきて、考えることなくぼくはそう聞き返した。
「さっきまで、佐藤さんは過去の罪を帳消しにするために過去に戻ってましたよね」
「そうですね。閻魔ちゃんの説明不足のせいでなにもできずに終わっちまいましたけどね!」
やけくそ気味にぼくは叫んだ。
「この善行メーターを消費することで、何度でも同じことが可能です。」
「……じゃあまだ地獄行きになるとは限らないってことですか?」
「そうですね。ただ善行メーターは過去に戻るたびに減っていきますので、たとえ地獄行きは免れても、今度は好きな生物に転生することができない可能性が出てきますけど」
青鬼さんはそう補足した。
ああ、やみくもに過去に戻ると、そんな事態になってしまうのか。こんな便利な文明社会を享受しておいて、人以外に転生など無理な話である。
「もし人間に転生できるようにしておきたいなら……過去に戻れるのはあと二回だけですね。今から過去に戻る分を抜けば、一回だけということになります。ただ今回の罪以外にも、過去に戻って清算しなくてはならない罪はまだありますから。そのことを考えると失敗しないのが一番ではありますが」
「ということだ。おまえ崖っぷちだな。来世が虫でもいいなら追加であと1回くらいはいけそうだがなぁ!」
閻魔ちゃんはぼくを見てケラケラ笑った。なにが担当を更生に導くアドバイザーだ。なんの役にも立ちやしないどころか、ストレスが溜まるのでむしろ邪魔でしかない。
しかしやり直しが可能のは実質あと1回。つまりあと一回なら失敗してもオッケーということである。それが多いのか少ないのかはよくわからない。人生はやり直しができないものと考えれば多く感じるし、わずかやり直し一日目でここに戻ってきた身としては少なすぎる気もする。
まあ結局、地獄に落ちたくないならやるしかないのだが。
「じゃあ、戻してくれ」
ぼくは諦めにちょっとばかりのやけくそを混ぜてそう言った。
「じゃあ、前回と同じ時間に戻すぞ」
「さっさとやってくれ。ここって広いのに何もないし、肌寒いしでソワソワするんだよ」
「おまえ、わたしの作り上げたこの趣ある空間を……」
「閻魔大王様、無駄話はいいですから職務を果たしてください」
閻魔ちゃんの話が長くなりそうなのを見越してか、青鬼さんがそう促した。というかこの空間、閻魔ちゃんの自作なのかよ。
「そうだ、佐藤敬太よ。おまえに言っておかなければいけないことが一つある」
「なんだよ」
おもむろにフルネームで呼びやがって。どうせろくなことじゃないに決まってる。ぼくは雑に返事をした。
「情けは人のためにならず」
閻魔ちゃんは、ぼくの予想に違わず、わけのわからないことを言い出した。
「はっ。なんだその閻魔ちゃんにまるで似つかわしくない言葉は」
「くっ、この生意気な人間めっ。とにかくこの言葉を覚えておくんだな!」
閻魔ちゃんはキレながら、手元の小づちを振り下ろした。そしてぼくはまたあの頭痛と耳鳴りに襲われた。
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