神秘探偵ムメイ

絵之色

第一章 神秘探偵との出会い

第1話 プロローグ

「平和はいいことだ……お昼寝の時間は、大人になってからも貴重なデザートタイムに似ている気がしないかい?」


 小鳥遊崚汰たかなしりょうたは、お客様用のソファでうつ伏せで寝転がっているショートカットの黒髪の女性に苦笑する。

 俺に質問をする彼女は祖月輪鶩名そがわむめい……探偵であり、俺の師匠である。彼女は今日もまた同じことを言っているな、と冗談を言おうと思ったがこの場所の管理者でもある彼女がだらけているのに注意も込めて発言する。


「鶩名さんはのんきですね」


 ここは祖月輪探偵事務所そがわたんていじむしょ

 飼っている動物や行方不明者の捜索、浮気調査、殺人事件の調査など一般的な探偵の業務も行う探偵事務所である。

 室内だというのに緑のファーコートを着ている彼女に何度も注意したが「旅人なら緑のコート一択だろう?」と豪語していたから、それについては諦めることにした。

 探偵なら、コナン・ドイルのホームズの格好をするとかだと思うのだが……触れないでおこう。彼女と出会ってから一か月になるが基本的に来る仕事は、先ほど挙げたような本当に普通の仕事が舞い込んで来るばかりだ。

 崚汰は鶩名の横のテーブルに頼まれていた紅茶のカップのソーサーに触れる。


「どうぞ」


 カップの音が鳴らないように静かにそっと置くと鶩名は崚汰にからかい交じりに礼を言った。


「ありがとう、小鳥ちゃん。でも、君は一つ勘違いをしているよ」

「何をです?」


 彼女は俺に飴を突き出しながら俺に問う。


「僕は確かに探偵だ。表と裏とは関係なしに、僕はその仕事についている。それは君も知っているね」

「はい……? それは、まあ」

「しかし、僕の本来の役割である探偵は、神秘という単語が最初に付く神秘探偵だ」

「はい、そうですね」


 俺は彼女の言葉に頷く。

 鶩名さんは、いつにもなく真面目に語り始めようとしている。

 余計な茶々はしないべきだろう。


「僕たち神秘探偵は、世界一般的に魔法や魔術、呪術、またはそれに関連した化学に関する全ての事件の謎を追う。それだけなら、ただの探偵だってできる仕事だ」

「……そうかもしれませんね」


 彼女の言葉は最もだ。

 探偵と言う職業に関する者たちは、犯人がそれに関わっている情報全てを推理し一緒に犯人を捕まえなくてはならない。犯人の心理を読み解き、決定的な証拠を掴み、犯人に突き出し罪を贖わせる。

 それが、本来あるべき探偵の在り方。

 しかし、神秘探偵はそんな普通の探偵と少し違うことを彼女は言いたいのだろう。


「……僕らの仕事、他に何があるか覚えてる? まず、神秘探偵は主に何の仕事をするのかから聞こうか、これは簡単だろう?」


 鶩名はカップを手に取り、紅茶の匂いを堪能しながら崚汰に尋ねた。


「はい。一般的に人間で認知している事件の解決なども行いますが、それが本業ではありません。人間界に迷い込んだ神秘側、人間側にとって伝説上に登場する生物たちであるセークレートゥムの保護、治療、帰還の一連の業務をすることなども含まれます」


 彼女が書いてくれた手書きのマニュアルの内容を鶩名さんに短くまとめて言った。

 最初にこれを目にした時は、動物愛護団体的な組織なのかと疑ったな。

 ……まあ、鶩名さんに言っった時、「その捉え方もできるよね」と笑われてしまったけど。

 鶩名さんは、うん、と静かに頷いた。


「他には?」

「異空間に巻き込まれた人々の救出、物などの回収や、神秘の秘匿のために一般人側の警察には情報処理をさせるための書類作成、手続き……他にも、諸々……」


 崚汰は、徐々に言葉を詰まり出す。

 鶩名は呆れたように溜息を吐く、という行動は見せずに崚汰の前で一口紅茶を飲んでから確認をする。


「君が覚えているわかりやすい内容は、まずその三つなんだね?」


 鶩名はカップを口元から離すのを見た崚汰はいたたまれなくなり謝罪する。


「……すみません。マニュアルで把握したの、まだそれくらいで」

「大丈夫だよ。神秘探偵の助手なんて、セークレートゥムたちが見える理解者であるウィデーレにしかできないことなんだから。助手の君がマニュアルを把握することも大切なことだよ……まあ、僕の手書きのマニュアルは少し読み解くのが大変だっただろうけどね」

「そんなことはないですよ。俺が貴方の助手になりたいと願い出たんです、これくらいは朝飯前にならないと」

「君は、真面目だね。僕は君のそういうところは、美点だと思っているよ」

「……ありがとうございます」


 鶩名は紅茶を全て飲み干すと、テーブルにあるソーサーにカップを置いた。


「後は実際に経験すれば自然と記憶にも業務内容は蓄積ちくせきされるさ。それに、今日は特別依頼は来てないしね」

「そうですね」

「それじゃあ、ちょっとおしゃべりしようじゃないか、助手君」


 鶩名さんはにこにこと笑うのを見て、俺は苦笑を返した。


「しゃべると言っても、例えばどんな?」

「……そうだなぁ、君と出会った頃の時の話でも振り返ろうじゃないか」

「わかりました、紅茶のおかわりは?」

「お願いするよ」


崚汰は紅茶を新たに用意して、お互い向かい合う形でソファに座る。

崚汰は客人用のソファに座り、鶩名は自分用の席に座ると互いに何気ない一時の会話を始めるのであった。

そして、鶩名と話しながら崚汰は鶩名との出会った時のこと思い出し始める。

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