ヨンケイ

佐藤令都

W-up

 だから嫌いなんだ。


 走るのが楽しい、そう言うお前が。


 だから嫌いなんだ。


 努力で得た才能に恵まれたお前が。


 砂だらけのスパイク。

 汗で湿ったユニフォーム。

 握りしめて泣いているのはいつも俺だった。


「あぁ、もう! やってられるかよ!!」


 午後6時半。部活動終了後、通学路、無人の土手にて。


「リレーなんて、今更すぎる!!」


 気持ちがぐじゃぐじゃに乱れてる。

 やりたかない。走りたくない。

 なんで今になって??

 同情なんてして欲しくない。


「バトン、渡されなかったの知ってるだろ……」


 鼻の奥がツンとする。


 待てども来なかった金色のバトン。


 2年前の市内大会。

 リレーの走順オーダーは、当時の3年生の先輩が第1走者から第3走者。タイムの関係上で俺は1年生ながら第4走者、アンカーを務めることになっていた。


 ウォーミングアップをして、召集所に向かった。

 第4走者のスタート位置であるサイドスタンド側で最終組の順番を待っていた。


 ──100メートルのスタート位置と、アンカーのスタートって変わらないんだなぁ。


 ごく当たり前のこと。

 緊張感も無しに、アキレス腱を伸ばしながら一人考えていた。


「オン ユア マーク」と号砲。

 繰り返される各校の応援歌。

 目の前を走り去る自分より上背のある選手。

 コーナーで引き継がれるバトン。


 きらきらして見えた。


 競技場1周。4人がバトンを繋いで400メートルを走る。

 難しいことは何も無い。

 与えられた区間を全力で走れば良いだけ。

 前の組の彼らが、自分とどこか遠い存在に思えた。


 ──俺の知ってる100メートルじゃないんなろうな。


 自分に届くまでの3人分の距離を「バトン」だけが繋いでいる。最後くらいはチームになれるだろうか。

 先輩はどんなパスをしてくれるだろう。


 ちょっとした期待。

 ふつふつと興奮。


 立ち上がって前屈。その場でリズミカルに足踏み。


 積み重ねてきた練習量は、隣のレーンを走る学校よりも少ないだろう。


 それでも不安より、わくわく。


 うんと伸びをする。


 本番くらい先輩達と仲間になりたい。


 点呼を受けて、スタートの白線から15歩の場所にガムテープでマークを貼る。

 3走の先輩に宛てたメッセージは誰よりも淡白かもしれない。「おつかれさまでした」の文字に嘘はない。


 深呼吸をして号砲を待つ。


 ──勝ちましょう。俺の最善を尽くします。


 100メートル先の3レーン目、第1走者に目を見やる。


 ……そこにいるはずの、自分と同じ紺色のユニフォームは無かった。


 ──どういうこと? 渡先輩は? 2走の遠山先輩は? 3走の佐久間先輩もいない!?


 動揺のままに「オン ユア マーク」をコース外で聞いた。


 40秒ちょっと。呆然と眺めていた。

 コマ送り、モノクロ、スローモーション。そんな言葉がぴったりだった。

 先程まで隣にいた彼らはゴールテープをきっている。

 トラックの外。緑色のタータンの上。

 空っぽの手のひらに生ぬるい風が気持ち悪かった。


 スパイクを脱いで、ランニングシューズに履き替える。

 最終組の3走に紛れてゆるゆると動く。


路風みちかぜ中、ギリギリで棄権だったな」


「アンカーが1年生のところ? 誰か故障でもしてたか?」


「あんまり言うなよ……ボイコットだって」


「まじかよ!? そんなこと誰が……」


「アンカー以外の3年だろ。ずっと積み重ねてきたモンが、ぽっと出の1年に取られたんだぞ?」


 ──ボイコット。


 レーンに姿が見えなかった時点で何となく予想していた。こんな形で終わるとは思っていなかったけれど。


 リレーメンバーが発表された時、走順オーダーが決まった時だって、取り繕った笑顔の下にある、俺に対する嫌悪感は見え透いていた。……知らないフリをしていた。

 ブツブツと断片的に耳にした陰口も……聞こえないフリをしていた。


「……もうリレーなんてやるかよ」


 チームなんて、仲間なんていらない。

 バトンがなくても1人で100メートルは走れるじゃないか。

 上辺だけのなんて結局何も意味をなさないのだから。


「……二度とやるかよ」


 ギュッと目を瞑り、涙をこらえていたのはきっと誰も見ていないはず。




 川風が目頭の水分をさらった。


「……よりにもよって何で4走なんだ」

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