第8話(1)
「7年ぶりに来たのに、少しも迷わない。ビックリするくらい、変わっていないね」
「そうだね。ここは、あの頃のままだよ」
あのあと移動中にたっぷりと私の気持ちをお伝えして、今は市場を楽しく散策しています。
『万が一』や、『実にくだらない要素』。マティアス君は当然のように、口にしてくれました。
そしてあの場で一番冷たい声になったのは、『イリスを巻き込むな』の時。それが、嬉しくないはずありません。
そのため馬車内では終始頬が緩んだままで、改めて嬉しさを幸せを感じつつの移動となりました。
「お店も、お店を経営している人も、誰も変わっていないんだよ。もしかすると市場も、マティアス君の帰りを待ってくれていたのかもしれないね」
「ここは沢山の事を学べた学校みたいな場所だから、本当にそうなのかもしれない。こういうのって、嬉しいよね」
マティアス君は懐かしげにぐるっと見回し、暫くすると穏やかな瞳が柔らかく細まりました。
彼の視線の先にあるのは、干し肉を取り扱っているお店。私達が出会った、あの場所です。
「……あの日ここに来なければ、イリスと会えなかった。すごい偶然だよね」
「……そうだね。すごい偶然、だよね」
行動パターンが異なる私達が同じ時間に居合わせ、盗もうとする瞬間を見る。しかもあの頃のマティアス君は周囲を警戒していて、用心していたのに偶々私は振り返っていました。
偶然に偶然が重なっていて、運命を感じてしまいます。
「あの出来事によって、俺は心が洗われたよ」
「私は、心も体も救われました」
『悪事を止めたい』と『食べ物が欲しい』で始まった、私達の関係。それはやがて形を変えて、お互いを幸せで明るい未来へと導いてくれました。
本当に、奇跡な出来事ですよね。
「……ありがとう、イリス。君と出会えて幸せだ」
「それは、私も同じですよ。ありがとうございます、マティアス君。貴方と出会えて、今も昔も幸せです」
私達は手を繋ぎ直して微笑み合い、2人並んで干し肉屋さん『ライズ亭』へと向かいます。
市場に来た一番の目的は、ここでのお買い物。今夜はここでマティアス君が盗ろうとしていた商品を買って帰り、ディナーとして一緒に食べる事になっています。
「2人揃ってここを訪れる事ができるなんて、夢みたい。あの時から『夢みたい』の連続で、毎日が本当に楽しい――あれ……? どうしたのかな……?」
近づいていると、店内で細身の初老の男性が――店長さんが顔を歪めて両膝をつき、ふくよかな女性が――店長さんの奥様が、不安げにしゃがみ込みました。
なにか、あったみたいです……っ。
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