第7話(4)

「なっ、なあっ!? なぜですの!?」

「マティアス殿!! 理由はなんなのだっ!?」

「理由は、いたってシンプルです。イリスと王女殿下を、比較する意味がないからですよ」


 目を剥いたエーナ様と、走り寄ってきた国王陛下。マティアス君はそんなお二人に、当然だと言わんばかりに淡々と告げました。


貴方がイリスより『上』だとしても、それは俺にとっては何の意味も持ちません。俺は彼女が彼女であるが故に、この感情を抱いています。上や下の優劣といったで、好意は移り変わらないのですよ」

「「っっっ。っっっっ」」

「それに仮に俺が優劣で判断をする人間だったとしても、この場での心変わりはありません。王女殿下は、絶対に選びませんよ」


 おもわず赤面していると、改めて呆れがたっぷりの息を吐きました。

 そういう面で決める人でも、そうしない……? どうして、なのでしょう……?


「反応と必死さを見れば、明白ですからね。そんなにも他意を持たれていたら、傾くはずがありません」

「た、他意……? な、なんのこと、ですの……?」

「貴方は俺を『マティアス』ではなく、『英雄』として見ている。という事ですよ」


 マティアス君は自分を一度見下ろし、エーナ様へと視線を戻します。


「この男と結婚すれば、英雄の妻になれる。自国民に、世界中の人間に、もっと注目されるようになる。王女殿下の好意の起因は、そこですよね?」

「ち、違いますわ! そういった打算は極僅かもありませんわっ!」


 そう仰るものの、その目は泳いでいます。マティアス君の言い分は正論、と証明されました。


「俺を宝飾品同然に思っているような人と、一緒になれるはずがありませんよ。そして、陛下」

「わ、わたしか……!? な、なんだね……!?」

「貴方は俺を、駒として利用しようとしていますよね? 英雄が義理の息子となれば、各国は迂闊に意見をできなくなる――他国との、政治的なアレコレを考えずに済む。そう考えていましたよね?」

「い、いいや! そんな思いはないぞ! 少しもないっ!!」


 すぐに否定しますが、陛下も同じ。目が泳いでいて、真実だと証明されました。


「親子揃って、利用する気が満々。こんな者達と距離を詰めるはずがありません。この状況で首を縦に振る、そんな酔狂な生き物はいませんよ」

「「………………。………………」」

「そして――ロクに教育を受けていない男なら、地位権力や色気で簡単に落とせる。そんなものは大間違いだ。……俺を舐めるのは構わないが、そこにイリスを巻き込むな。次に何かあれば、それこそお前達が求めている英雄の威光を使う。ただでは済まないと思っておけよ?」


 マティアス君は幼い頃のような目つきと声音になって、けれど、その変化もすぐ終わりを告げます。言い終わるとそういう雰囲気は消えてしまい、離れていた手が再びそっと握られました。


「イリス、迷惑をかけてごめんね。ココでやるべき事は完全に済んだし、今度こそあそこに向かおうか」

「う、うん。ありがとうございます、マティアス君……っ」

「俺は当然な、当たり前の事を口にしただけだよ。……それでは陛下、王女殿下、失礼致します」


 マティアス君にもっとお伝えしたい事があるのですが、王の間ですので今はこれだけ。そのあと私達は言葉を失ってしまっているお二人に頭を下げ、次の目的地――もう一つの思い出の場所、市場を目指したのでした。


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