第3話 7年前の出会いと、気持ちの変化 マティアス視点(5)

((な……。な……っ))


 物陰に隠れて様子を窺っていた俺は、たまらず唖然となっていた。


(ここが……。アイツの家、だったなんて……)」


 彼女が潜った門は、マーフェル家の者。

 こんな俺でも、貴族様の名前くらいは知っている。アイツはその一員、子爵家の令嬢だった……。


((貴族の娘が、独りで買い物って……。おかしいだろ……っ))


 しかもその場所は、市場。ここから数キロ先にあるところ。

 こんな話は、聞いたことがない。


((…………んなの、異常だ……。この家は、どうなってんだ……!?))


 実態を確かめずにはいられず、身につけた技術を使って敷地内に侵入。邸内の人間に悟られないよう、外から情報を集めていった。


((………………。……………………))


 ここは子爵家なおかげで人が少なく、その作業はあっさりと終わる。そうしてその結果俺は、予想だにしなかった事実を知った。


 彼女・イリスは、継母と異母妹によって虐げられていた。

 何かあるとすぐに八つ当たりの対象となっていて、パシリに使われる時以外は自分の部屋に軟禁される。そのためイリスは窓から寂しそうに外を眺め、『男の子くんと、ずっとお喋りしていたいな……』『早く会いたいな……』と、何度も何度も呟いていた。

 そして。そして……っ。



 イリスの食事場所は自室で、与えられる食事はいつも残り物。パサパサになったパンと食べ残しのサラダ達と、冷たいスープのみ。

 ずっと彼女はそんな生活を送っていて残飯処理をさせられていて……。おまけに、俺と……。あの日からパンを少しと、こっそり持ち出せない物スープしか飲んでいなかったのだった……。



((…………………。そうだよな。そりゃあ、ボロボロになるよな……))


 食事の大半を、俺に渡していたんだ。そうなるに決まっている。


((そう、だよな……。そりゃあ、悪事を働こうとすると感覚で分かるよな……))


 今も、怒鳴り声と物が割れる音が聞こえている。

 自分がいつも、攻撃されているんだもんな……。嫌でもそうなるよな……。


((…………………イリス……。お前、バカだ。大バカだよ……っっ))


 どうして、そんな目に遭ってるのに他人を思い遣ってるんだよ!

 どうして、そんなに優しいんだよ!

 もっともっと、自分の事を考えて生きろよ……っ!

 身勝手に振る舞えよ……っ!

 どうしてそんなに――…………。


((どうして、じゃないよな))


 その理由はシンプル。イリス・マーフェルはそういう人間だから、そうなんだ。

 自分が辛い思いをしているからこそ、他の人にはして欲しくないんだ。


((……………………すごいよ、お前。本当にすごいよ))


 俺は本気でそう感じて、だから、さ。



 この状況を、どうにかしたくなった。



 生まれて初めて。自分のためじゃなく、誰かのために動きたくなった。



((……………………さて、どうしようかな。どうすれば俺は、イリスを救える?))

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