第3話 7年前の出会いと、気持ちの変化 マティアス視点(1)

 ――泥水を啜り、地べたを這って生きる――。それが、あの頃の日常だった。

 どういった理由があったのかは、分からない。とにかく俺は5歳の頃に親に捨てられ、その日から路地裏が生活の場となった。


 5歳のガキが突然、見知らぬ場所に放り出される。

 キャパが云々と孤児院から拒絶され、誰の手も借りられない。

 ETC。


 悪条件の、オンパレード。まともな生活、生き方なんて、できるワケがない。

 だから残飯漁りなんて日常茶飯事で、犯罪と呼ばれる事は沢山やった。


 ――『最悪』に手を染めなかったのは、人としての理性であり矜持が僅かに残っていたからなのだろう――。


 スリ、窃盗、行き倒れた者の遺品の強奪などなど。傷害、殺人、誘拐以外は、なんでもやった。

 人の生死が関わること以外は、なんでもやった。



 10歳の年の、6月8日。

 その日も、そうだった。



 いや、少し違うな。あの日は前日に綺麗な服が手に入り、珍しく市場を歩いていた。

 市場には、美味しい物が沢山ある。小綺麗にしていたら、市場にいても怪しまれない。そんな理由であの日の俺は、いつもと違う場所で『活動』をしていた。


((さあて、どうするかな))


 ここでの『どうするか』は、どうやって盗むかではない。どこで何を盗むか。

 あの頃はすっかり盗みの技術に磨きがかかっていて、絶対に露見しない。貴族邸の敷地の中は勿論、邸内にすら楽々入れる程の実力があったのだ。


((そうだな………………………………お。そこの干し肉、いいな))


 あの時のご馳走といえば、肉。確か市場内でも高く評価されている、普段は決してお近づきになれない獲物があった。


((よし。こいつにしよう))


 ターゲットが決まり、すぐさま動き出す。

 その店は露店形式ではなく店舗形式で、人気店らしく他店に比べると客は多い。だが、そんな状況は関係ない。


 包装された商品が、棚の上にある――客が自由に手に取れる場所に、置かれている。


 それさえ満たしていれば、何も問題ない。誰にも悟られる事なく盗み取れる。


((清潔な服が手に入った上に、ご馳走まで手に入る。感謝しないとな))


 俺は内心ほくそ笑み、店内を物色するフリをしながら実行する。

 違和感なんて、一切与えない。2人いる夫婦店員に怪しまれないようにして、それこそ目にも止まらぬ速さで左手を動かして――


(駄目っ。悪いことをしたら駄目だよっ)


 ――不意に、その手を掴まれたのだった。



 これが、イリスとの出会い。俺の人生を大きく変える、そんな出来事の始まりの日。

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