始まり
土砂降りの昼下がり。十月にしては凍り付くような寒い日だった。
朝から布団がいやにあったかくて、外は本当に冷たかった。朝ごはんの味がしない。いつもはフーフーしながら飲むスープが、今日はいつの間にか食べ終わっていた。
毎日着ている制服は、いつもに増して重い。ぐっしょり濡れた後のように腕に絡みついてくる。いつもならお気に入りのピンク色のハンカチを待つが、今日は黒い綿のハンカチを忍ばせる。ハンカチの色なんて、今まで気にしたこともなかった。
封筒にお金を入れて、車に乗る。高校に入学してからは通らなくなった方面に、彼女のための会場は用意されていた。通学路とは反対方向なので車で送ってもらうことにした。
「あんた、大丈夫?」
そう聞かれたが、答られなかった。
会場につけば、すでに大勢の人がいる。別々に進学していった元級友たちでいっぱいだった。久しぶりに再会に、誰もが苦しい笑みを浮かべた。
案内された椅子に腰を掛けて、正面を見つめる。大きく映る、久しく見ていなかった、笑顔の彼女。背景が変わるモニターで、花畑とともに映し出されている。彼女は今、ここにいるのだろうか。前におかれた箱の中からは、人の熱なんて、私には届かなかった。ふと気づけば、驚くほど冷たい指。車から降りた後、傘を差さずに走った、雨に濡れたままの自分の指だった。
なんだかなぁ。
あれよあれよと式は進み、みんなが彼女に花を添えていく。きれいに飾られた花々を、役員の方々がぶつり、ぶつり、と切っていく。きれいに積まれた花の頭をいくつかとって箱の中に添えた。二年ぶりにみる綺麗な顔。体を動かすことが大好きで、いつも真っ黒だった彼女はそこにはおらず、箱に入っていたのは、真っ白な顔の、呼吸をしない、冷たい人だった。いつも高かった体温も、甲高い声も、そこにはなかった。
「悔しいね。悔しい、悔しい。」
式が終わり、火葬場に向かう車を見送りながら、泣きじゃくりながら友人が言った。周りを見渡せば、会場には入りきらなかった大勢の人々がいた。制服を着た学生とスーツを着たその保護者がそろって涙を流している。以前噂で聞いた、彼女の新しい彼氏と思われる人が、その中心でぐわんぐわんと泣いていた。それを慰めるように囲む今の同級生たち。あそこの一帯だけが、深く悲しむこと、大声で泣きじゃくることを許されたようだった。だから、一帯から離れたところで、何人か集まって静かに泣いていた。
すると一人が、ぽつりとつぶやいた。
「悔しい」と。
なんか、すっと刺さった。
私、悔しいんだ。
これが、悔しいなんだ。
降りしきる雨で、誰の言葉も聞こえなくなればいい、そう思った。
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