第32話・決別
冷静になって考えてみれば、リリーがここまでの情報を持っていることが不思議に思えてくる。そもそも彼女は文法を身につけられなくなる歳まで自分の親とすら会話ができなかったはずだ。
そのことについて馬車の中で尋ねてみると、リリーはそれを教えてくれたのが神様だという。おそらく神子の権能(祈り)は天賦の才(信仰系魔法)の上位互換であるとともに、神との繋がりを持つスキルなのだろうと考えた。
やがて、エヴァンス伯爵領にたどり着くと僕は彼らに出会った。今の俺があるのは、その彼らのおかげだ。そう、龍の霹靂である。
「サイス君!」
俺を見つけたのはソフィアさんだった。
貴族となり、Sランク冒険者となった今、俺の立場は龍の霹靂よりも圧倒的に上だ。それでも尚、彼らを尊敬することを辞める気はない。
「お久しぶりです、ソフィアさん。あ、こちらはリリー、俺の娘です」
保護目的で購入した奴隷と家族関係を結ぶ際、その関係は親子になる。保護目的の購入者が親であり、購入された奴隷が子である。よってリリーは俺の娘という扱いになる。
「え!? あぁ、そういう事か」
オスカーさんはそれに驚き、だが理解をした。
俺がこのエヴァンス伯爵領を出た理由は、Sランク冒険者になったからである。
子持ちのSランク冒険者、というのは不思議はない。だが、いかんせんリリーと俺ではどう
「知らないうちに大人になっちまったなサイスよ」
そんな事を言うオリバーさんを俺はさらに驚かせたくなった。
「それと、貴族になりました。冒険伯という伯爵位を皇帝陛下より賜りました」
「「「え? ええ!!??」」」
驚きすぎて、龍の霹靂は目を点にしている。
「龍の霹靂の皆さんのおかげです」
その間、俺は少しリリーを蔑ろにしてしまっていた。
「誰?」
リリーは小さな声で言う。その声は少し震えていた。
「ごめんなリリー。この人たちは俺の恩人だ。右からソフィアさん、オスカーさん、オリバーさんだ」
小さなことだ、だけどそれはすごく大事な事だった。俺はリリーにある種の愛情を抱いている、それは伝えなくてはならないことだった。
「よろしくな、リリーちゃん!」
オリバーさんはそう言ってニカッと笑った。
龍の霹靂と過ごした時間は、時間で言えば本当に短かった。だけど、今の俺があるのは全てここにルーツがあると言っても過言ではなかった。
だが、今はリリーもいる。そんなに長い時間を彼らと過ごすわけには行かなかった。
「じゃあ、俺は行きます。またいずれ」
「おう、じゃあなサイス」
こうして僕は、龍の霹靂と別れ、冒険者ギルドの下部組織である孤児院へと向かうのだった。
孤児院へとたどり着くと、俺の心臓は早鐘を打っていた。嫌な汗が頬を伝う。だが、意を決して足を踏み出した。
「はっ、消えた元貴族が何をしに帰ってきた!?」
相変わらずの、孤児院の院長。
「情報が遅いですね院長殿? ここにいるのは、現貴族当主、サイス冒険伯。以後お見知りおきを」
俺は笑った、不敵に。
ここで院長に恐れ震える弱い僕なら、帝都に捨ててきた。今ここにいるのは冒険伯だ。
「は!? は?」
院長の勢いは殺せた。ここから一度だって、奴に主導権を渡すものか。
「彼はいますか? 俺の同期で、最も強かった彼です」
俺を唯一迫害しなかった、あの冒険者候補生の名前を俺は知らない。
「サイス?」
リリーが俺の手を握る。
リリーに握られた手は、とても痛かった。
知らないうちに、強く握っていた。そのせいで、手のひらに爪が食い込んでいた。
「ありがとう、リリー」
おかげで力が抜けた。
「サイス冒険伯として、彼の情報の提出を要求します」
息を吐いて、もう一度吸って、改めて言った。
「あ、アーサーですか?」
院長は逆らえるはずもない。俺は貴族で、ここは伯爵領で、そして院長は平民だ。一部の地域の住民は下級貴族よりも力を持つ。だが、伯爵領ごときの平民にその力はない。
「本人を見て確かめます。アーサーという生徒を連れてきてください」
「アーサーなら……もう……」
なぜ、こんな老人を俺は恐れていたかというくらい、主導権を握って交渉を行えていた。だが、俺が孤児院についたときにはもはや、あの少年は旅立った後だった。
「ともあれ、現存の孤児院は解体します」
そして、新たな教育機関を作成し、優秀な教育者を引き抜く。だが、この院長はその教育機関には必要ない。この老人ができることは、生徒たちの鬱憤を被差別者に逸らすことだけだ。そんなものは教育と呼べない。
「そんな……」
院長はすがるような目で俺を見てくる。
この決定は覆す気はない。新しい教育機関は、そもそも差別が存在しないものでなくてはならないから。
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