第25話・龍の財宝
扉を開けて出てきた龍は、僕たちに一切の敵意を示さなかった。
だが、彼の容姿は、伝説の龍ファフニールそのものだった。
「よく来たな、旅人よ。我はこの村の村長、ファフニールである」
その伝説の龍が、今僕らを歓迎している。
圧倒された、その巨大さに、その美しさに、その偉大さに。彼に比べれば、巨人などただ大きいだけの木偶の棒だ。
僕たちはその威容に圧倒されながらも各々自己紹介を返した。
「うむ、日照りに照らされていては話しづらかろう。中で、くつろぐがいい」
自己紹介が終わると、ファフニールはそう言って僕たちを家の中へと迎え入れてくれた。
家の中には給仕の仕事をしている人間が何人も居り、村長の家というより貴族の屋敷を彷彿とさせる。
ファフニールの伝説ではその巣穴は財宝で溢れかえっているとされている。だが、この家は財宝で溢れかえっているという印象はない。上品に、飾りつけされた邸宅という印象だ。
ファフニールの邸宅の大広間は龍と人が共に食卓を囲める作りになっている。テーブルが低く、人間用の椅子が並んでいるのだ。
「座ると良い」
ファフニールに言われるまま、椅子に腰掛けると、給仕の人が紅茶を入れてくれる。ファフニールの前にはバケツと見紛うほどの大きなティーカップが置かれた。
こうして、僕たち風の旅人とファフニールの交渉が始まった。
フィリップス王国、国王直轄領では国内のありとあらゆる生産品が交易可能だ。その分、関税がかかり相場が高くなってしまう。逆に男爵の領地などとの交易は関税がほとんどかからず相場が安くなる。
それを加味した上でもファフニールは国王直轄領との交易を望んだ。
交易の話し合いは、雑談を交えながら行われた。
「ところで、ファフニール様は財宝を好むと伝えられています。それなのにここには、あまり財宝が置かれていないような気がしますが」
話せば話すほど、ファフニールは貴族らしさを持っていた。それは決して悪い意味ではなく、領民を思いやる名君の風格だ。
だから、必然的に僕たちは彼を貴族として扱うようになった。それほど、彼は尊敬に値するのだ。
レオさんの言葉を聞いたファフニールは、こう言った。
「財宝なら扉の外にある。この地で栄えた我が村こそ、我が財宝だ」
彼の財宝は、絶えず形を変えていく人の営みそのものだった。そう言い切れるからこそ、ファフニール村は王都に匹敵するほどまでに成長したのだと、そう思った。
やがて、交易の交渉が終わる。Aランクの依頼にしてはあまりにあっさりとした内容だった。
「冒険者サイスと二人で話すことがある。少し席を外しては貰えないか?」
ファフニールがそう言った。
「わかりました、では僕たちはこの村を観光しています」
「では、案内のものをつけよう。フレイヤ、客人を頼む」
ファフニールがフレイヤと呼んだのは給仕の仕事をする女性だ。彼女は、クラシカルなメイド服に身を包んだ、若く美しい女性だった。
「かしこまりました」
フレイヤさんはファフニールに一礼すると、レオさんたちへと向き直った。
「お客様方、どうぞこちらへ」
僕を除いた、風の旅人のメンバーはフレイヤさんに先導されて大広間を出た。
「さて、どこから話したものか……選定者よ」
この場にはファフニールと僕しかいない。よって、選定者は僕のことだ。
「なぜ、選定者と?」
「うむ。選定者とは、世界を滅ぼすほどの力を得る、その宿命を持って生まれたものだ」
今の僕のステータスはあまりに高い。それこそ、ファフニールが選定者と呼び、とある人物が神の子と呼んだ、僕と同種の存在以外では僕のステータスに並ぶものはいないだろう。
「教えてください、選定者とは、神の子とは何ですか?」
「我も深くは知らぬ……ただ、この身は、世界を焼き尽くす業火によって一度滅びている」
肉体は滅んでも、魂は肉体にとどまり、いずれその肉体を再生させる。それゆえに不死なのが龍だ。
「一体、何があったんですか?」
僕は問う、自分の宿命を知るために。
「今から一万年も前の話だ……」
ファフニールが語ったのは、人類が始まる前の話。また別の人類の話だった。
かつて、地上には栄えた文明があった。魔力を動力に動く機械が、人間の代わりに農業を営み、食と住を満たしていた。
その世界で、人間が自らの手で生産する必要があったのは、娯楽だ。服を着飾る娯楽、遊戯、そして賭博。
しかし、人間とはどこまで行っても、搾取する術を考える生き物だ。世界は必然、搾取される側と、搾取する側に分かれた。
そして起こったのが、戦争だ。搾取される側の人間が、搾取する側の人間に宣戦布告をしたのだ。
その戦争の中、ファフニールが選定者と呼ぶ種の人間が搾取される側に生まれた。
その選定者が起こしたのが、世界を焼き尽くす業火。
そのあとには、人間が生きた痕跡は消えた。それどころか、ほとんどすべての地上生物が消え去った。
それから、人間が再び現れるまで五千年の時を要したという。
「それだけの力を持つ選定者が現れるのは、神の悪戯か、あるいは悪魔の仕業か。この世界に生きる以上、それはあずかり知らぬことだ」
とファフニールは永い話を締めくくった。
「話してくれて、ありがとうございます」
これで、知るべきことは一つに絞ることができた。神の子だ。僕らが本当に神の子ならば、世界を存続させるか否かの選定のために生まれた。だが、そうでないのであれば、それは悪魔のいたずらだろう。
ともあれ、いつか必ず僕を神の子と呼んだあの人物に勝たなくてはいけない。そのために、僕は力を渇望する。
「良き旅を」
「はい、ファフニール様も」
そう言って、僕はレオさんたちと合流すべくファフニール邸を後にするのだった。
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