「夢見るおっさんタビットと方言メリア」リプレイ・プロミス第1話

@OverHeatYuyu

1.預言〈アルフレイム新暦319年〉

『……ろ。……起きろ、バズ』

枕元で誰かが囁く。

誰もが寝静まるような昏い夜。

鉄道の都、キングスフォールと呼ばれる街にあるクローシェンデ劇場の楽屋で薄い毛布にくるまって寝ていたはずのタビットは長い耳をピクリと動かした。

【タビット】

それは二足で歩くウサギのような姿をした、この世界――【ラクシア】特有の種族だ。

全身が毛に覆われ、頭に伸びた長い耳がその特徴である。

濃い褐色の体毛をした中年のタビット――バズはその声で目を覚ました。

ゆっくりと深い蒼の瞳を開けると、周りの光景が否応なしに目に飛び込んでくる。

驚くべきことに、そこは見慣れた楽屋ではなかった。

火によって燃え盛る家屋、遠くから聞こえる数多もの悲鳴。

気づけばバズはグランドターミナル駅の上に立ち、この街を見下ろしていた。

この華やかな都市は炎と血で赫く染まった戦場と化していた。

「!?」

バズは全身の毛を逆立て、目の前の光景に驚愕した。

「これは……どういうことだ!?」

声を掛けてきた者を探してあたりを見回すと、傍らに掌に収まりそうな大きさの白い光が一つ浮いていることに気がつく。

その光球は困惑の表情を浮かべるバズへ話しかけてきた。

『これは……この国の未来だ……』

それは重く厳粛さを持った声で、そして自分のものにとても似ていた。

『かつてのお前の故郷のようにこの街も襲われ、滅びる』

光は告げる。この国はいずれ目の前のような光景を迎え、滅びるということを。

「……お前は、何だ?」

バズは当然の疑問を口にする。一体誰が自分にこの場面を見せているのだろか。

光は小馬鹿にしたような声で言う。

『お前の”ご先祖サマ”だ、ありがたく忠告を受け入れろ』

目の前の光がバズの前を横切り、その体を一周回って元の位置に戻る。

『受け入れられないなら、お前の第六感とでも思っておけ』

「……」

言葉を失うバズの隣で光は神妙に言った。

『ここからが重要だ。いいかバズ、よく聞けよ。お前はこの未来を回避しなくてはならない。そのためにやるべきことは二つだ』

何も言わないバズに対して光は続けた。

『まず、ブルライトで仲間を集めろ、そいつらはいずれ英雄となる者たちだ』

ここより南方に位置するブルライト地方、光はそこを指定する。

「ブルライトに英雄だと?どうしてそんな事がわかる?」

『剣の導きと言ったところだ。それにブルライトなぞ魔動列車に乗ればすぐだろう?』

「……」

キングスフォールはアルフレイム大陸の北西に位置するドーデン地方にある。そして数十年前、ブルライト地方の国家の一つへと至る魔動列車が開通した。旧文明の技術を解析して作られたそれは地方間の行き来を容易にし、人々にとって再び栄華の時代を築くための礎の一つとなったのだった。

光はなおも続ける。

『そしてもう一つ。【盗賊王の墓】……このアルフレイム大陸のどこかにあるというそれを探しだせ。そこに、この未来からの自由がある』

──【盗賊王】

バズにとっては聞いたこともないような称号だった。唐突に告げられた”ご先祖サマ“の預言に疑問符ばかりが浮かぶ。

「意味がわからねぇ。どうしてしがない役者の俺に、そんなお告げをくださりやがるんだ?そういうのはもっと若者の役目だろうが」

バズはクローシェンデ劇場の古株の役者であり、そしてすでに30歳を超えていた。人間ならば60歳近いと言ったところだろう。

『こいつはそういう運命なんだよ。こういう日をずっと待っていたんだろう?なんのために生きていたのかわからないようなお前にとって、待ちわびた物語の序章なんじゃないのか?』

挑発するような口調で光はバズを煽る。

「なんのために生きていたのかわからない、だと?」


幼い頃、バズの暮らしていた故郷は襲撃によって滅ぼされてしまっていた。それは憎き【蛮族】共の手によるものだ。

この世界の人々は二つの大きな分類に大別される。

バズのようなタビットを含む【人族】。それは人間やエルフ、ドワーフなどの種族が属する第一の剣の寵愛を受けた者たちだ。

そして、人族にとって不倶戴天の敵、神話の時代より対立する第二の剣の信奉者。それが【蛮族】だ。

故郷が滅ぼされた時、家族は全て皆殺しにされバズは蛮族の奴隷として生かされていた。いつの日か反旗を翻そうと復讐心を募らせることだけがその頃のバズにとっての生きる糧だった。

やがて転機が訪れる。冒険者たちによってその蛮族の首領が討たれたのだ。人々より依頼を受け危険な仕事をこなす者たち、それが冒険者だ。きっとその蛮族の首領の討伐も依頼の一つだったのだろう。

彼は何も為すことがなく、ただその冒険者たちによって保護されたのだった。

だがそれがバズには耐えられなかった。蛮族に虐げられる日々に対してどうしようもなく無力で、結局誰かから助けてもらうしかなかった自分のことが。恥と無力感によってバズは逃げるようにその街を飛び出す。無一文ながらも悪運強く生き残り、そして行き着いた先がこの街、キングスフォールだった。

やがてバズは日銭を稼ぐために、クローシェンデ劇場で劇団員を始める。劇団からは報酬がないものの観客の投げ銭とまかないの配給でどうにか暮らすことはできた。

芝居や演技の経験などなかったが、十数年も続ければ一角の俳優ともなる。最近ではクローシェンデ劇場で最も客受けがよい役者の一人とすら呼ばれるほどだった。

それでもバズは周囲のその評価を受け入れることができなかった。どうしても周りの流れに身を任せているだけという実感は拭えなかったからだ。

虚無感にさいなまれるような日々。悪友たちと賭け事に身をやつし、煙草と安いエールに溺れるだけの毎日。

それがバズの人生だった。


「もう、遅えよ。今まで何もしてこなかった俺に、そんなことができるわけがない。タビットの癖に魔法の一つもろくに使えないんだぞ」

元来タビットは魔法の得意な種族である。ひ弱な身体の彼らにとって縋ることのできる数少ない技術の一つだ。

バズの肩の横で浮いている光は蔑んだように言う。

『そうだな。……ずっと流されてきただけのお前なんかでは到底無理な話だろうな』

しかし光は強い口調でバズを焚きつける。

『だが、強く目に焼き付けておけ!これが、お前が為すべきことを為せなかったときの、この国の末路だ』

そのとき、その長い耳を貫くような轟音とともに、キングスフォールの街に大きな何かが現れた。それは今までバズが暮らしていた街、そして守るべき人々の日常を踏み荒らし蹂躙する。その大きな影から逃げ出すように建物から幾人もの人族が駆け出した。だが、どこからともなく飛来する黄金の光条が彼らを無情にも焼き尽くしていく。彼らには苦しむ暇すらなく、その跡には塵すらも残っていなかった。

その凄惨たる光景を前にして光は言う。

『こいつは舞台の上の芝居なんかじゃない!いつか訪れる最悪の結末だ!バズ……お前しかいないんだよ!!』

街の別の方へと目を向けると、何人かの人族が蛮族によって囚われていることが目に入る。彼らの処遇は手にとるように想像できた。

虐げられ、いつ戯れで殺されるかもわからないような恐怖の日々。

──もう、我慢ができなかった。

「……クソがっ!わかった、わかったよ!」

それはかつてくすぶっていた復讐心へ再び火が灯ったからだったかもしれない。

バズは光に呪詛を吐いて叫んで、応じた。

「ブルライトでいいんだな?ご先祖サマよ?」

光は小さく円を描くように飛んだ。それは頷いているかのようだった。

『……そうだ、バズ。頼まれてくれるんだな?』

「鵜呑みにしたわけじゃねぇ。だが、こいつを全部忘れたことにするのも寝覚めが悪いってだけだ」

再び吐き捨てるようにバズは言う。

『……ありがとう、期待しているよ』

光は安堵したような声音でバズへと告げると、一瞬にしてバズの視界を白く染める。

自分が現実へと引き戻されていく感覚を得ながら、バズは小さく呟いた。

「……ああ、確かに俺は待っていたのかもしれないな。誰かから使命を託される、物語の始まりのようなこの日を」

バズは、胸の奥底で今までどこを探しても見つからなかったような情熱が沸き立っていることを、強く感じたのだった。


***


「ついに自分が本当に英雄だって勘違いしはじめたわけかい?」

悪友の一人である【エルフ】の吟遊詩人──アルスゥが笑いながら言った。

【エルフ】は尖った耳を持ち、水の祝福を受けた人族の種族一つだ。寿命も長いため人間の20代のように見える彼女も実年齢は確か60を超えていたはずだ。

バズはキングスフォールの馴染みの酒場で昨晩見た夢の内容を友人たちに話していた。皆訝しんだ顔をした後に、バズのことを嘲笑していた。無理もないことだ。夢の内容をそのまま信じるとは、妄想も甚だしい。

「最近は英雄譚の脚本ばっかりだったみてーだから、ついに夢まで見るようになったか?バズ」

賭け事仲間で悪徳不動産屋、【リルドラケン】のガーロンが馬鹿にしたように小突く。

【リルドラケン】はドラゴンが二足で立ち上がったかのような見た目の人族だ。背中から生えた翼が特徴だが、ガーロンにはなぜかそれがなかった。聞いた話によると借金のカタに取られたそうだが、それが真実かどうかバズは知らなかった。

真面目に返すのが馬鹿らしくなり、バズは彼らにおどけてみせる。

「ああ、そうだ。なんたって俺はバズ・ブラウンだからな」

バズ・ブラウンはクローシェンデ劇団での彼の芸名だった。“ブラウン“は近年最も人気のある題目の一つである英雄譚に出てくるタビットの名字だ。

テーブルについているもう一人、獣のような耳と尻尾を持った【リカント】という種族である冒険者のノラが言葉を返す。

「僕はおすすめしない。魔法の一つも使えないのに冒険者になるなんて」

あまり冗談の通じない彼は、バズが旅に出るということに対して真面目に答える。彼の言う通り役者を辞めて旅に出るということは、冒険者になるということとほとんど同義だ。だからそれは友人として、そして冒険者としての忠告だろう。

「ノラ、そんなことはわかってる。だから俺はこいつで行く」

バズは椅子に立てかけていた長物を手に取って頭の上に掲げる。それは3フィート(この世界の人間の足の長さ3つ分)ほどの長さの斧、ロングアックスだ。

それを見て、ガーロンは堰を切ったように大きな声で笑い出す。

「バズ!自分の身長の8割くらいもある斧を振るタビットなんて聞いたことねぇよ!」

「そもそも斧を使うタビットを私も見たことはないよ、歌の中でもね」

アルスゥも可笑しそうにフフッと笑っていた。

バズは彼らの反応を見ながらも、聞こえるようにぼやいた。

「魔法よりはマシだ、それに他のタビットよりは舞台の上で踊れるだけの筋力はあるからな」

それを聞いた二人は再び笑った。ノラはさらに眉間に皺を寄せて、呆れたような表情を浮かべていたが。

バズは斧を置いてジョッキを煽る。そして隣で飲んでいる金髪のエルフを見る。アルスゥには聞きたいことが一つあった。

「そうだ、アルスゥ。盗賊王って聞いたことないか?」

吟遊詩人であれば各地の逸話に詳しいかもしれない、とそう思ったからだ。

しかし、アルスゥは唇を尖らせてそれを否定する。

「いや、聞いたことはないね。君の夢でそういうお告げがあったのかい?」

「ああ。盗賊王の墓を探せ、だとよ。それに本当にそんなものがあるんなら、お告げもあながち嘘じゃないだろ?」

「ふむ、そうか……」

彼女は形の良い顎の下に拳を当てて考え込み出す。

「もしかしたら、そいつが斧を使うタビットだったりしてな!」

ガーロンの茶化したような言葉を無視して、ノラが隣から口を挟む。

「……墓ってことは、かつての大戦争のときの人かもしれない。本当にあるとしたらだけど」

ノラが言っているのは約320年前に起きた蛮族との大戦争のことだろう。突如として蛮族が軍勢となって人族の領土に侵攻を行ったのである。その戦争は旧文明のほとんどを焼き尽くしてしまい、人族たちは今尚その文明と同じ水準の生活はできていない。この街の魔動列車も元々はその文明の産物だというのだから、当時の技術力の高さは相当のものだったのだろう。現代の人々はその旧文明が失われることになった出来事を【大破局(ディアボリック・トライアンフ)】と、そう呼んでいた。

「大破局のときの奴か……。ない話じゃねぇな」

バズはノラの言葉を肯定する。それを見てアルスゥも同調するように頷いた。

「わかった、そういうことならば一応調べておくことにするよ」

その様子を見ていたガーロンは元から鋭い目つきをさらに細め、急に真面目な顔をする。

「おいおい……っていうかマジで行くのか?バズ?」

バズは怯まずにその瞳をしっかりと見つめ返し、ガーロンに告げる。

「ああ、酒と煙草でついに頭がイカれたと思ってくれて構わねえ。だが、俺は行く。もしも俺の言ったことが間違っていたらここの一番高い酒をおごってやるよ」

バズが本気であることを悟ったガーロンは寂寥の表情を浮かべる。

「そうか、大マジなんだな……」

冒険者になるということ、それは今までの平和な生活を捨てるということだ。特に魔法も使えないような老齢のタビットであれば、いつ死んでもおかしくはない。

「僕は意見を変えない。やっぱり行くべきじゃないよ、バズ」

自らの経験から止めようとするノラをバズは諭す。

「ああ、お前の言う通りだ。だが、失うものもなにもないからな。ちょっとくらい夢を見たっていいだろ?」

「君は夢と現実の境がついていないんだよ!そんな襲撃がいつ起きるかすらわからないんだろ!?昨日今日見た妄想の言う通りにするなんて……」

大声で怒鳴りだすノラの前に優しく手を差し出してアルスゥが止める。

「ノラ、まあいいじゃないか。私は応援しているよ、バズ。君が本当に英雄になれたんなら、歌の題材にでもさせてもらおう」

「頭のおかしくなったタビットの話ってか?」

それを聞いてガーロンはなおも茶化し、ノラは黙り込んでしまった。

ガーロンは目を開けていつもの馬鹿みたいな表情でジョッキを差し出しながら言う。

「来年のエンジェルフェザー賞までには帰ってこいよな!誰が一着になるかお前と予想したいからよ!」

それはバズとともによくやっていた賭け事の一つ、レースの結果を予想するギャンブルの中でも有名な大会の名前だ。それが開催されるのはちょうど一年後、といったところだ。バズがそういう約束は守らないということは長年の付き合いでわかっているはずなのにも関わらず。

「お前が大負けして泣いてるところを見逃すなんて、アルフレイムで一番惜しいことだからな」

「フン、言ってやがれ!」

ガーロンのジョッキに自分のものを合わせると、もう一つ隣から杯が近づいてきた。

「何かわかったら便りを送るよ。それに私も流離いの身だからね、ブルライトに寄ったときは君に会いに行こう」

「ああ、ありがとよ、アルスゥ。まぁ、お前から手紙が来たことなんて今までの一度もないけどな」

「ハハッ、違いない」

バズとアルスゥが杯を酌み交わすところを横目に、ノラが顔を上げて強い口調で言う。

「死ぬなよ、バズ。もしそうなったら僕はここで本気で止めなかった自分を恨むことになるだろうから」

「大丈夫だ、ノラ。悪運の強さだけには自信があるからな。『幸運は自ら掴むもの』ってやつだ」

「そいつはラクシアで一番信用できない神の教えだろうが!」

ノラはそうやって笑顔を浮かべてジョッキを上げ、杯をぶつけ合わせる。そして4人はそれを一気に飲み干した。

バズは3人の顔を見る。

(やはり、気のいい奴らだ)

なればこそ、あのような運命を辿るわけにはいかないのかもしれない。

もし自分にとって失って惜しいと思うものは何かと問われれば、それは彼らなのだろう。

こうして彼らとの最後の宴は、酒豪のアルスゥ以外の3人が潰れる夜明けまで続いたのだった。


***


数日後、バズはブルライトへと向かう列車へ乗る。

その身にあまる長さの斧と、その年齢に不相応な冒険への淡い期待とともに。

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