第5話 ぐぎぎぎぎぎ
「「「「「ずるずるずる」」」」」
「これだけの人数が一斉にラーメンをすすると壮観じゃのずるずる」
「ああ、ちゃっかりご相伴にあずかってもう、意地汚いですわよね、アメノミナカヌシノミコト様ったらずるずるずる」
「そういうスセリこそそれで3杯目じゃろずるずる」
「ふぅう、一番言いにくい報告も無事に終わった。さぁ、俺もラーメン食べようずるずる」
「オオクニ、お主もか」
そこに、そんなのどかな会場の雰囲気をぶち壊すような発言をする男がやってきた。
「オオクニ、さっきの難民が発生しているとか、なんとかの話はどうなったのだ?」
「ぶほほほっ!!! な、なんだお前は!?」
「きっ、汚いわねぇもう、こっち向いて吹かないでよ、まったくずるずる」
「スセリはお構いなしだな。オオクニ、なんだお前はではないぞ。なんだは俺が聞きたいことだ。難民が発生しただの受け入れろだの、いったいどういうことだ。なにが起こっているのか説明しろ」
「言った通りのことだが? ずるずるん」
「食べるの止めろ! 大事な話をしてるんだぞ!」
「もう終わった話を蒸し返すな。お前はもともとここに呼ばれてない奴ではないか。黙ってラーメンでも食べて早く帰って禿げてろ」
「だ、誰が禿げるか! それにイセはラーメン発祥の地だ、珍しくはない。それよりも難民とはどういうことだ。その数は? 場所は? ニホン海側とは言ったが、その規模によってはニホン全土に影響が及ぶのではないか?」
口をはさんだのは細かいことまで気になって仕方のないイセ国の魔王・イセである。
どうして魔王がここにいるのか、それには理由がある、神在祭というぐらいである。集まるのは神だけなのだが、今回に限り特別な事情があったのだ。
それはアマテラスが『オヅヌを祭りに呼べ』とだだをこねたところから始まる。
10月に入り近隣の神々たちから集まり始めていた。10月にはニホン中の神々がイズモに集まるのだが、何日から何日まで、といった明確な基準日が設けられているわけではない。暇な神から集まり初め、だいたい揃ったところで神在祭を3日間やるのである。
そして祭りが終われば、自然消滅的になんとなく自分の領地に帰って行くのである。その緩さもまた伝統である。
当然だが、早々に集まった神々を放っておくわけにもいかない。そのため、連夜の晩餐会が催されるのである。その席で、アマテラスが突然言い出したのだ、オヅヌを呼べと。
しかし神在祭は本来、神だけが集まる祭りである。会場係に使役される者を除けば、神以外が参加した事例は過去にない。
「ここに住む限りは我が儘を言うなと、何度も言ってるだろう。それはダメだアマテラス」
「私は我が儘なんか一度も言ったことないわよ」
「「「ええっ!?」」」
「な、なによ。なんでみんなが驚くのよ」
「あれで我が儘を言ってないつもりだった、ってことにみんな驚いたんだよ」
「失礼ね。ちょっと甘みが足りないとか辛すぎるとか、暑いとか寒いとかかゆいとかくすぐったいとかセミがうるさいとか鈴虫はもっと増やせとか」
「もういいわ! それだけ毎日のように文句ばかりつけているくせに、我が儘を言ってないつもりとかほんとにもう」
「文句は言うわよ? でも我が儘は言ってないの」
「な、お前たち、処置なしだろ?」
「「「オオクニ様の苦労は良く分かってます」」」
「あれ? なによ、このアウェイ感」
最近になってオオクニに仕えるようになった者たち(財政が上向いたので雇い入れた人間たちである)や、すでに集まっていた神々はオオクニに同調していた。この時点では。
「ともかくダメだ。ニホンの伝統を壊すわけにはいかん」
「伝統っていったって、人間はこんなにたくさんいるじゃないの」
「それはスタッフとして必要だから雇っているのだ。客として参加しているわけではない」
「もういいわよ! それなら私、ここから出て行くからね!」
(おっ、それはもっけの幸い)
と、オオクニがほくそ笑んだのもつかの間。
「となりのシマネにでも行こうかしら?」
「はぁ!? あ、いやいや、ちょっと待ってくださいよ、アマテラス様。私の領地にはアマテラス様をお迎えできるような施設はありませんし、弁護士の数がニホンで最も少ない領地なのですよ。ヒロシマのほうが温暖でよろしいのでは」
「そこは普通に人口が少ないでいいだろ?」
「じゃあ、ヒロシマにしようかしら?」
「じゃあ、じゃありません。うちだってカキの養殖が始まったばかりで先行投資にお金がかかり、いっぱいいっぱいなのですからムリです。あの、ヤマグチは昔から羽振りが良いのでは」
「おい、待てこら! どさくさで名前を出すな。うちはただ鍾乳洞がでかいだけの領地だぞ。毎年赤字経営なのに、アマテラス様をお迎えするなど不可能です」
それならオカヤマに桃を食べに行ったらどうか。いや、サヌキでうどんだろ。ヒメジには美しい城があるそうだが。トサで太平洋を見てカツオのたたきでも食べれば心も安らぐぞ。
「誰が観光案内をしろと言ってるのよ!!!」
「「「ひぃっ」」」
「そんなに嫌なら、オヅヌをここに呼ぶことに賛成しなさいよ」
「「「「「じゃあ賛成!!!」」」」」
「今度は俺がアウェイかよ!!」
それでも一介の人間(オヅヌは神の域に到達しているが、それを受けることを拒否している)を神の祭りに招待することに、根強い反対意見が多かった。
オヅヌが国内最強であることも理由のひとつである。平和ボケした神々など、オヅヌにかかれば一網打尽だからである。前例のないことだけになおさらである。
だが、どうしてもアマテラスを引き取りたくない神々は、普段使わない頭を必死で捻ってひねってこねくり回して、どうにかこうにか妥協案を見い出したのである。
それは魔王であるイセを特別招待することであった。一国を任されているのだから、参加する権利を特別に与えてもいよね? という柔軟な……生き延びたい戦車よりもさらに一回り柔らかい思考によるものである。
そしてその根拠(言い訳)として「アメノミナカヌシノミコト様のご機嫌伺がてら挨拶に来い」というどうでもいい理由をくっつけた。
ニホンの創造神であるアメノミナカヌシノミコトが、魔王として任命したうちのひとりがイセである。唯一頭の上がらない神といってよいであろう。その名を出されては、断ることは困難である。
さらに護衛として必ずオヅヌを連れてくること、という一文もつけた。もちろんその後ろに『←ここ重要』というネットスラング? をつけることも忘れなかった。
その大上段に振りかぶった上から目線の手紙を受け取ったイセは、激怒……することはなかった。だいたい察しがつけいたからである。
なにかにつけて細かい男ではあるが、イセは朴念仁というわけではない
いまのオヅヌとアマテラスは、言うなれば織り姫と彦星のように、ヤれ……会えるのは年に1回のみである。イセのお祭りの日だけである。
アマテラスをしばらくあずかっていたイセは、その性格を良く知っていた。会えない時間が愛を育てるなんて歌詞とは無縁の神である。
相思相愛の相手がいるのに離れて暮らす。修験者のオヅヌはともかく、アマテラスは、枕カバーの端をぐぎぎぎぎぎと毎晩囓っているに違いない。
「気の毒な枕カバーのためにも行かざるを得まいな」
「な、なんの話です?」
「誰か人をやって、この招待状をオヅヌに届けてこい。俺は旅の支度をする」
「ええっ、神在祭に参加するんですか!? その間の仕事はどうするんですか?」
「俺は3日ほどで帰ってくる。オヅヌを届けたついでに、ちょっとだけ遊んで来よう」
「あの、私たちは(連れて行ってもらえないのでしょうか)?」
「お前らは、ユウが教えてくれた備長炭の出荷手続きをせよ。キタカゼ殿には連絡済みだ。それにラーメン店の管理、イセ横町にも目を光らせろ。不届き者がいたら処分はまかせる。それに材木の伐採はこれから本格化するから得物などの用意をせよ。乾燥したものは良く見極めて」
「「「3日間がんばります!!」」」
「曲がりの少ない……まあ3日だからな。頼む」
イセの長~い引き継ぎ(説教)よりは、居残ることを選んだ部下たちであった。
そしてイセ一行は神在祭にやってきた。そこであの騒動が起こるのである。
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