第3話 勇者解任
王座に座る三の国の国王の前で片膝を付くニコは、首を垂れた。
「のう、ニコよ。勇者として仕えて貰っているが、相変わらず剣の腕は上達していない様だな。何でもこの間行われた新兵との模擬戦では、最下位だったそうじゃないか」
そう話した国王は、丸々と太った体を椅子の奥に引いた。
平和な時代の国王は、食べる事と女の事しか楽しみが無いのだろう。
まさに食欲と性欲に溺れる自堕落の象徴的存在にしか見えない風貌だ。
「も・う・し・わ・け・あ・り・ま・せ・ん」と、ニコは感情の無い返答をした。
やっぱり何時もの小言だったかと思ったニコは、喉元で止めた不平不満を飲み込んだんだ。
勇者だからと言って勝手に連れて来ておいて、やれ訓練だの座学だのと好きでも無い事を延々とやらされている身にもなって見ろと言いたいのを我慢した。
「しかし、残念じゃのう。短い髪は伸ばせば良いが、その貧相な身体は余の好みでは無い。それに、余と並んで歩くには背が低すぎるしのう。正直、妾にするのは嫌じゃ。第一王子の妻にする事も考えたのじゃが、拒否されてしまってのう」
一体国王は何を話しているの?
意図の掴めなかったニコは、卑猥な視線を感じ少し顔を上げた。
体のラインがはっきりとわかる黒革のボディースーツを国王は上から下へと嫌らしい目つきで舐める様に眺めていた。
全身に寒気が走り鳥肌が立ったので、思わずボディースーツの上から右腕で胸を隠し、ショートパンツから除く太ももを左手で隠した。
この、エロエロ国王め!
成人女性の平均より少し上を行く身体なのに、高身長で巨乳が好みの国王からすると、ほとんどの女は貧相に見えるに違いない。
「えーと、王様。よく理解出来ないのですが、何のお話しでしょうか」
「お前は、余も王子も好みでは無いと言う事じゃ。そんな事も分からないのか」
失礼な奴だ! ム、ム、ムカつく。
非力だと分かっていても思いっきり国王を殴りたくなった。
「ゴホン、し・つ・れ・い・し・ま・し・た」
「残念じゃが、仕方が無い。後50年は魔王もデーモン族も襲ってこない平和な時代になると占星術師も学者達も判断したのじゃ。そうなると、我が国に勇者は必要ない。なので、お前は本日をもって解任なのじゃ」
はあー? 無理矢理城に連れてきておいて平和だから出て行けと、このエロエロ国王は言っているのか。
何て身勝手な話なのだと、納得のできないニコは歯ぎしりを立てながら不敵な笑みをこぼした。
「それでは、私はこれからどうしたら良いのでしょうか?」
「そうじゃのう。生まれ故郷に帰るか、街で働いて暮らすか、冒険者として旅に出るか、好きにすれば良い。新兵に負けるような実力では、この国に仕える兵士としては雇えないからのう」
「うっ・・・、も・う・し・わ・け・あ・り・ま・せ・ん」
人間相手だから発揮できないのか、未だに勇者の力を使ったことの無いニコに言い訳は思い浮かばなかった。
「すまんが、そう言う事だ。長い間ご苦労であった。それでは、ジェイコブよ勇者を連れて行ってくれ」と、玉座から立ち上がった国王は丸い体を揺らしながら部屋から出て行った。
ニコが立ち上がると後ろから騎士団長のジェイコブに腕を掴まれ、そのまま引きずられるように連れて行かれた。
堀の深い顔立ちに口ひげを蓄えるダンディな騎士団長は、相変わらずニコを女性扱いしない。
「ちょっと、団長。どこに行くんですか?」
「うん? 城の外に連れて行くに決まってるじゃないか。ジタバタ暴れるな」
「城の外? このまま、追い出すつもりなんですか」
「そりゃそうだろう、国王の命令は絶対だからな。それにしても、10年近く剣術を教えてやったのに、全然強くならなかったし。本当に勇者なのか疑問は残るが、仕方が無いよな」
「そんな、無責任な。勇者が強いて、誰が決めたんですか」
「普通に考えたら強いと思うだろうが。魔物やデーモン族に対して、強大な力を発揮すると聞いていたからな。それが何だよ、力は無いし、魔法は一つしか使えないし、挙句の果てには、模擬戦で新兵にまで負けてしまう。そんなのが勇者だと言われてもなあ」
「ううう、もう団長のろくでなし。この薄情者!」と、涙目のニコが大声で喚いた。
「じゃあ、元気で頑張るんだぞ。また、どこかで会えるのを楽しみしているよ」
「本当に、城から追い出すんですか?」
「すまんな。これは、俺と仲間達からの餞別と退職金だ。受け取ってくれ」と、ニコはジェイコブからショルダーバッグとナイフを手渡された。
「えーと、剣とか鎧とかは貰えないんですか?」
「武器や防具は、全て国の所有物だからあげられないんだ。どうせ、お前は剣があっても扱えないだろ。だから餞別はナイフにしたんだ。後、ショルダーバッグに一か月は過ごせるだけのお金が入っているから。金が無くなるまでに新しい仕事を見つけるんだぞ。じゃあ、元気でな」
ジェイコブの後姿を見つめながらニコは、10年間も城に仕えたのに手元に在るのは、1か月分の生活費とナイフだけと言う現実に言葉を失ってしまった。
大企業に勤めていると思っていたのに、これじゃあとんだブラック企業じゃん。
まあ、よくよく冷静に考えたらかなり酷い扱いを受けていたと思った。
三食付きは良いとしてあてがわれた部屋は小さくベッドしか無かった。
服は申請しないと貰えなかったし、武器は貸し出しだったし、定期的な給金は無くて祝い事や特別な時に僅かなお金が貰えるだけだった。
部下に与えるより自分と自分の一族にだけお金を費やしていたのかしら。
だからあんな生活が出来るのよ、今更ながらに納得したわ。
生まれ故郷に帰るにしても、新しい仕事を見つけるにしても、1か月は時間があるからまあ良いか。
そんな呑気な事を考えるニコは、トボトボと街の中へ消えて行った。
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