第2話 はじまり

 気持ちが良いくらい晴れ渡る空を見上げながら、トットは煙草の煙を吐いた。


 自分の経営する食堂の前でタバコを吸いながら一日の始まりを向かえるのが、彼の日課になっている。決して仕事をさぼっている訳では無いのだ。


 そして今日もお隣さん達は、いつものやり取りをしていた。


「おいおい、街で一番は、俺の店だ。昨日だって、客数が一番多かったじゃないか」と、一番右端のお店の店主ドガは、丸めた手ぬぐいを地面に投げつけた。


「確かにお前んとこより客は少なかったが、味なら負けねえぜ」と、真ん中の店の店主ザックは、手にするお玉を振り上げる。


「何だと、いい加減負けを認めろよ」と、ドガがザックに詰め寄った。


「うっせーんだよ、お前こそ自分だけが一番じゃないのを認めろよ」と、ザックは顔を近づけドガを睨みつける。


 毎日毎日同じ事で言い争う二人は、本当は仲がいいんじゃないのかと、トットは思っていた。


「ふぁー、それにしてもよくもまあ飽きずに張り合えるよな」と、トットは欠伸をしながら体を伸ばし立ち上がった。


「もう、いい加減店の準備を手伝ってよ」と、息子のロットが店の入り口から顔を覗かせた。


「はいはい、手伝いますよ」


 再び空を見上げたトットは、心の中で二年前に亡くした妻と会話する。


 ララ、泣き虫だったロットは大きくなったろ。


 今じゃあ、立派なトット食堂の料理長だよ。俺なんか、顎でこき使われてるんだぜ。


 みなしごだったロットを引き取ってから三人で幸せに過ごしていたのに、残酷だよな。


 君と一緒に旅した日も楽しかったよな。みんな、今はどうしているんだろうな。


 あの頃に比べると街に魔物も出て来なくなったし、本当に平和になったもんだよ。


 しかし、平和過ぎるて言うのも困ったもんだな。こう毎日同じことばかりしてたら緊張感を無くしてしまう。まあ、切った張ったがまかり通っていた時代よりマシなのかも知れないが。


 亡き妻との会話の途中で再びロットの声が店の奥から聞こえて来た。


「へいへい、分かりましたよ。直ぐ行きますよ」


 そう呟いたトットは、使い古したギャルソンエプロンを払いながらロットの待つ店内へと入って行った。


 三の国の平和な一日が、今日も始まる。


 世界を蹂躙した魔王が勇者クルルに封印されてから約50年が過ぎようとしていた。


 王国歴13年、建国されたばかりの一の国は魔王からの脅威により存亡の危機に晒されていた。しかし、国内で誕生した勇者により深手を負わされた魔王は遠い僻地へと追いやられた。


 王国歴101年、すっかり魔王との戦いが過去の歴史となった頃、再び力を取り戻した魔王は軍勢を引き連れ攻めて来た。しかし、二の国の近くの村で誕生した勇者により魔王は僻地へと追いやられ封印されてしまった。


 王国歴213年、魔王を封印し安心しきっていた頃、デーモン族が現れ人々を恐怖と混乱に陥れた。しかし、三の国との国境付近で誕生した勇者によりデーモン族は倒され、国に平和が戻ったのであった。


 そして、王国歴303年、405年、503年と・・・


「もう、何なのよこれ! 毎回毎回、約100年ごとに魔王やらデーモン族やらが現れて、その度に勇者が倒すの繰り返しじゃない。ああ、まさにエンドレスだわ」


 ニコは、城内にある書庫で歴史書を声に出して読んでいた。


 彼女は、10年前に三の国の王命により城に連れて来られた勇者なのだ。


 三の国から遠く離れた山村で生まれ育った彼女は、九歳になった時に突然村から連れ出さた。


 あれから10年経ち十九歳になったのに、やる事と言えば城の中で座学や剣術の訓練だけ。


 友達も居ない、気になる異性にも出会えない、女の子らしい経験など一切したことが無い。


 ニコにとって城で過ごした日々に楽しい思い出など何もなかった。


 今は中途半端に王国歴859年なのよ、次に脅威が来るとしたら900年以降か。


 予定通りなら、このまま何も起きずに私の時代は、終わるのね・・・。


 ダメダメ、一体何のために此処に連れて来られたのよ。


 このまま何も起きなかったら、城内に監禁されているだけの人生じゃないの。


 平和な時代の勇者だなんて、ふざけんじゃないわよ!


 ブツブツと文句を言うニコは、椅子の背もたれに重心を置き不安定な姿勢で座っていた。


 ギシギシと椅子の足が悲鳴を上げる中、書庫の扉が開く音が聞こえた。


「勇者ニコさま。国王がお呼びです。直ぐにお越しください」と、部屋に声が響くと静かに扉は閉められた。


 また、くだらない話を聞かなければならないのね。


 憂鬱な気分になったニコは、重い腰を上げた。

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