シーン3 好きです! 伊達先輩

 みなもは僕の目の前でノートのページを開いて見せた。

「このシナリオは、現代の学校が舞台」


(まぁ、タイトルは比較的まともそうだけども)


「どんな内容なのか、あらすじを教えてよ」

「わかった。……女子高生ミナモが憧れる伊達先輩は、実は戦国大名、伊達政宗の生まれ変わりだった。そんな伊達先輩に憧れてついに告白をするミナモ。しかし、二人が結ばれようとしたその時、そこに現れたのは同級生の最上君だった。最上君は戦国大名、最上もがみ義光よしあきの生まれ変わりだったのだ。ミナモに逆告白し、伊達先輩に決闘を申し込む最上君。二人を止めようとするミナモは弾みで頭を強打したことで、自分の前世を思い出す。ミナモの前世は最上義光の妹で、伊達政宗の母でもある義姫よしひめだった。かつての実の兄、息子の関係にあった男達とのえにしに戸惑うミナモ。しかし、二人の男達は叫ぶ。『関係ねぇ、義姫おまえを一番愛してるのはこの俺だ!』二人の拳が交錯し、辺りに静寂が訪れる。膝をつく伊達先輩。そう、最上君の必殺技『最上川マグナム』が一瞬速く伊達先輩のアゴを撃ち抜いたのだった。駆け寄るミナモ。二人は固く抱擁を交わす。最上君がミナモの耳元で囁く。『もう二度とお前を嫁に出したりしないぞ』と――」


 読みながら、ほんのり顔を赤らめたみなもが腰をもじもじさせている。

「みなも……学園モノの要素が生きてる部分が最初の一行にも満たないんだけど。しかも『最上川マグナム』ってどんな技だよ」

「技の名前を叫んで打ち抜いたときには相手が吹っ飛んでる」


(雑な設定だな)


「……だいたいこの話、伊達政宗や最上義光の生まれ変わりがいなかったら成立しないんじゃない?」

「最上君はカナメに書き換えても問題ない。あくまで生まれ変わりだから」

「でも、このシナリオだともう一人伊達先輩役が必要だよ。こんなことに付き合ってくれる人いるかな……」

 しかし、みなもは心得たように答える。

「伊達先輩はほんとにいる」

「まさか!?」

「このシナリオを書いた後に、一年上に伊達だて政斗まさとという人がいるのを知った。今は三年一組にいる。運命を感じて伊達先輩のことをよく調べてみた」

「それで?」

「伊達先輩は一年の夏休みに不慮の事故(自転車で転倒)で右目のまぶたに生涯残る傷(1センチの裂傷、全治10日)を負った。夏休みが明けた時、伊達先輩の右目は黒い眼帯で覆われていた。それ以来、傷が癒えた今でも眼帯は外されることはなかった。まるで伊達政宗を彷彿させるその姿に付けられた異名は――」

「……独眼竜?」

「腐った中二」


(ただのイタい人じやん)


「でも、そんな変な人が学校にいたら今まで気がつきそうなもんだけど……」

「登下校と授業中は一応外してる」

「……どんどん伊達先輩のスケール感がちっさくなってるけどそれでいいの?」

「最後に結ばれるのは最上君のほうだからいい。カナメには明日コピーを渡すから覚えておいて。私は明日、告白出来るように準備する」

「みなもがどうしてもやりたいなら協力はするけど……」

「やる」

 気のせいか、初めてみなもが生き生きとしているような気がした。


 ※※※


 翌朝、教室に入ると既にみなもは席にいて、机の前には本の城壁が築かれていた。

「おはよう、みなも。……やっぱりやるの?」

「やる。朝、伊達先輩の靴箱に手紙を入れてきた。今日の放課後、体育館裏のイチョウの木のところで待ってると書いた」

「それだけで本当に来るのかな」

「アプリで加工した画像も貼っておいた。それより、カナメにはシナリオを覚えてほしい。できる?」

 本の城壁から、にゅっと二つ折りのコピー紙が出てくる。

 僕は紙を開いて中身に目を通す。

「このぐらいの尺ならすぐに覚えられるよ」

「ならいい。放課後、私は先に行くからカナメは少し後から来て」

「わかったよ」


 その後、午前、午後と授業は進み、いよいよ放課後を迎えた。

 ホームルームが終わると、みなもはすぐに荷物をまとめて教室から出ていった。

 僕も少し時間を潰してから教室を出て体育館裏へと向かう。

 足音を殺しながら体育館裏まで近づき物陰から窺うと、イチョウの木の前には既に二つの人影があった。


(一人はみなも、もう一人は……)


 みなもの前には、スラリと背の高い男子生徒が立っていた。

 その右目には黒い眼帯が掛けられている。


(伊達先輩!? 明らかに告白される状況でそれつけてくるの?)


 僕は不安になりながら伊達先輩の死角になる位置から忍び寄っていく。


「――伊達先輩は、伊達政宗公の生まれ変わりなの?」

 気付いたみなもが一瞬僕に視線を送った後、シナリオの最初のセリフを口にした。


「ふっ、さすがにそれを自分から言うのははばかれるが、なぜそう思うんだ?」

「私にはわかるわ。その右目を覆う眼帯が何よりの証し」


(うっすい根拠だな、それじゃ眼科帰りの半分くらいは伊達政宗だよ)


「そうか、お前にはわかってしまうのか。この俺から溢れる『政宗力』が」

「ええ、先輩の政宗レベルは既に99まで達して東の政宗界随一の使い手といえるわ」

「そこまで見抜くとは……お前にも相当な政宗力があるとみた」


(政宗力ってなに? みなも、このくだりはいちいち食いつかなくていいから)


「そんな先輩に、今日は伝えたいことがあるの」

「なんだ?」


 みなもが伊達先輩に向かって一歩踏み出し、意を決したように叫ぶ。


「好きです! 伊達先輩、……私と、私とください!」

「ま、まぐ……!?」


(……最悪なトチり方したな。シナリオではそこは「付きあって」だ)


「まぐわうってお前、まぐ、まぐぅ!?」

(無理だ、腐った中二脳がまぐわうというパワーワードにオーバーフローしてる)


「先輩、好き!」

 みなもは伊達先輩に駆け寄り抱きついた。


(ミスを力業で押し進めるつもりなのか、みなも?)


「おま、そんなに抱きついたら、オパ、オパ、オッパオパオパオパオパイが」


(ダメだ、もう言語がバグり始めてる。完全にキャパを越えてしまったんだ)


 細部のシナリオは最初から崩壊している。

 さっきのみなもの告白が唯一のコントロールポイントだ。

 やむなく僕が飛び出そうとしたその時だった。


「いかぁぁぁんっ、俺には、愛美めごみという心に決めた女がいるんだ!」

 伊達先輩が無理やりみなもを引き剥がした。

「俺の初めては、愛美と決めてるんだあああああ」


(なんだ? まさか彼女持ちだったのか?)


 しかし、みなもも簡単には引き下がらない。

「愛美さんとは、もうまぐわったんですかぁっ?」

 再び伊達先輩に抱きついた。

「馬鹿っ、そんな、オッパなことまだに決まってるオッパ……まだ、告白すらしてねぇよ!」

「そんな。私と結ばれたら、今すぐオッパれるのに!」

「オッパ、俺の、俺の初めてのオッパは愛美でなきゃだめなんだぁっ」


(全力で恥部をナイフで突きあうようなこの告白、いったい何なの?)


 正直、もうあまり出て行きたくないところだけど、このまま放置するわけにもいかないし、僕は覚悟を決めて二人の前に飛び出した。


「ちょっと待ったああ! その告白、見過ごすわけにはいかないな」

「うわっ、いきなり出てきて誰だお前は?」

「僕はみなもと同じクラスの島津要だ。みなもを先輩に渡すわけにはいかない。みなも、好きだ! 先輩のことなんて忘れて僕と付きあってくれっ」

「カナメ! うれしい……でも、私、やっぱり伊達先輩のことが好きなの」

 みなもは木にしがみつくカブトムシのように伊達先輩によじ登りはじめる。

「やめろっ、登るな。島津……だっけ!? これ取ってぇ、頼むから取ってくれぇぇ」

 伊達先輩は恐慌に陥りながら僕に救いを求める。


(もうグダグダの状態だけど、どうする? このカオスを終息させる展開は……)


「先輩、この状況にケリを付ける方法は一つです。僕と勝負してください。僕が勝ったらみなものことは諦めてください。その代わり、先輩が勝ったらみなもは先輩のものです。いいですか? 『先輩が勝ったらみなもは先輩のもの』です!」

 伊達先輩は首を傾げながら少し思案し、そして何かを理解したように顔を輝かせた。

「よし! お前が勝ったらコイツはお前のものだな。この勝負、受ける!」

「みなもは危ないから先輩から降りて離れてるんだ」

「わかった」

 みなもは伊達先輩からスルスルと降りると、数メートルほど下がった位置で勝負を見守る。

「先輩、これから僕は全力で奥義を放ちます。いいですね? !」

「お、おう。まともに受けたら俺の負けだな? さあ、来い!」

 僕は伊達先輩と対峙した。

「やめてっ、二人とも私のために争わないで!」


(いや、もう先輩も僕もほとんど自分のためにやってるけどね)


「先輩、いきますよ! ふぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」

 僕はみぞおちのあたりに気をためる「ような」構えをとる。

「奥義、最上川マグナァァァッム!」

 先輩までの距離を一気に詰めると、僕は全身全霊、乾坤一擲、一撃必殺の奥義を、先輩の胸にと当てた。


「うおおおおあお、これが若さかぁぁぁぁ」


 伊達先輩が雄叫びを上げながら後方に二度三度と転がっていく。


(先輩、そこまでしなくてもいいんですよ……)


 地面からゆっくりと立ち上がった伊達先輩は、清々しい顔で僕を指差した。

「……最上川マグナム、俺の生涯の中で最強の一発だった。島津、お前の勝ちだ。ソイツはお前に譲るよ。俺はもう二度とお前達の前に現れない。だからお前達も、もうぜったい来るなよ、いいな、ぜったいだからな!」


 じゃあなっ!――そう言い残すと伊達先輩は脱兎のごとく走り去っていった。


(……ふう、なんとか辻褄は合わせたけど)


 みなもを振り返ると、みなもは白目を剥いて小刻みに痙攣している。

「みなも!?」

「ワレハ、義姫……マサムネ、兄サマ、争イハ、ヤメテ……」

「……みなも。飛ばしちゃった部分を無理やり今ぶっ込まなくていいから」

「わかった」

「で、どうだった? かなりグチャグチャになっちゃったけど――って、聞くまでもないか」


 みなもは明らかに納得してない様子で頬に手をあてて考え込んでいる。


「よく考えてみたら、伊達先輩はシナリオを知らないんだからどんな反応するかは未知数なんだよね。だからシナリオ通りいかなくて当たり前だよ」

「カナメの言うこと、正しい。今日は失敗」

「まぁ、確実性を上げるなら二人で完結する内容にするか、ちゃんとした協力者を用意するかだけど……って、みなも、なにしてるの?」


 みなもはイチョウの木の幹にもたれて目を閉じた。

 その右手が制服のスカートを持ち上げ、下着の上から指を這わせる。

「はぁ……」

 みなもの唇から悩ましげなため息が漏れた。


(それ今ここでするぅぅ?)


「ちょっ、みなも。だめだろ! こんなところで一人遊びしちゃ」

「上手く、いかなかったから……あんっ、続きをしたくなっちゃった」

 慌てて辺りを見回すが、幸いなことに今のところ人の気配はなかった。

「あっ、うん、はぁ、はぁ」

 みなもは下着の中に指先を滑らせ、高い声を上げ始める。

「あっ、そんな、なりませぬ兄上、私達は、兄妹……ああん」


(なんだかただれた展開になってきてるけど大丈夫なの、これ?)


「はあぁ、政宗。ならぬならぬ、そなたと我は母と子ぞ。あっ、あっ、ああ!」


(自由闊達すぎるだろ。怒られるぞ、どっかから)


「はあん、あっ、いっ、いいっ、あん、ああっ」

 みなもが背中を反らせて絶叫する。


「天海さまぁぁぁぁっ!」


(……だからそれどういう設定?)


 通りかかる人はいなかったが、僕は人の視界に入らないように、みなもの前に立ってみなもの呼吸が落ち着くのを待った。


「……カナメ、ありがと。もう落ちついた」

 振り返ると、みなもが制服の乱れを直しながら恥ずかしそうにうつむいた。

「僕の前でも、野外はまずいよ」

「これからは気をつける」

「うん……じゃあ、今日は帰ろうか」


 ※※※


 大きく傾いた太陽が赤く照らす坂道を、僕とみなもは並んで歩いていた。

「みなも。シナリオの中にもう少し難易度が低いものってないの?」

「……あまりないかもしれない」


(うーん、やっぱり今日のはまだマシな部類なんだ)


「あー、じゃあさ、『あて書き』って知ってる?」

「あて書き?」

「そう。演じる役者を先に決めておいて、その人が話すことを前提に役のセリフを書くこと。演者と役のイメージを一致させることで、物語を違和感なく進めることが出来るんだ」

「私、あまりそういうの知らずに書いてた」

「もし、僕が演じることを前提にシナリオを書けば、もっとしっくりくるんじゃないかな」

 みなもが、何か宝物でも見つけたような歓喜の表情を浮かべた。

「それ、いい! カナメをイメージしてシナリオ書く。そうすればカナメが、私のことを……」

「ん?」

「……なんでもない。カナメ、たこ焼き食べたい」

「唐突だな!? ……まぁいいけど。じゃあ、食べて帰る?」

「行く。カナメ、シナリオを書くために、カナメのこと……もっと知りたい」

「いいよ。その代わり、みなものことももっと教えてよ。ほら、共演者のことはちゃんと知っておきたいじゃない?」

「私のこと? ……わかった、カナメが知りたいなら」


 一瞬はにかんだような表情を浮かべたみなもが、それを隠すように駆け出す。


「あ、待ってよ、みなも――」


 こうして、僕とみなもの奇妙な告白劇は幕を上げた。


 その顛末は、またいずれどこかで。

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