ダンジョンマスターの遺産

斜偲泳(ななしの えい)

ダンジョンマスターの遺産

第1話 訃報

 その頃、冒険者のロッド=イーサリアムは、三日月亭という名の冒険者の店を根城にしていた。

 もっとも、彼を含めた冒険者達は、この店の事をゴロツキ亭と呼んでいたが。

 店に入るとまず、ロッドは右手の壁に目をやった。

 そちらの壁は掲示板になっていて、依頼書、新聞、賞金首の手配書に、冒険者向けの雑多な広告や伝言板が掲げてある。

 壁周りの混み具合を見れば、その日のトピックスが一目でわかる。

 その日は、壁新聞の周りが混んでいた。

「なにかあったのか」

 壁新聞に近づくと、馴染みの顔を見つけてロッドは尋ねた。

「ドミナスが死んだそうだ」

 答えたのは、手斧使いのモガール=ハンだ。

「どのドミナスだ」

「ダンジョンマスターのドミナスだ。知らないのか?」

 呆れた様子でモガールが答える。

「そのドミナスなら知っている。随分な爺さんだと聞いていたが、亡くなったのか」

 ドミナス=ウォールウォーカー。

 またの名を、ダンジョンマスター。

 二つ名が示す通り、超一流のダンジョン建築家だ。

 王侯貴族や豪商の財産、大魔術士の研究室などは、しばしば賊に狙われる。それらを守る為に、宝物庫や研究室をダンジョンの中に隠す者は少なくない。ドミナスの作るダンジョンは難攻不落と評判で、彼の設計したダンジョンを持つ事は、上流階級の間ではステータスにすらなっていた。

 ロッド自身、以前とある商人の依頼で、ドミナスの設計したダンジョンの攻略を行った事がある。この手のダンジョンは大抵、持ち主には危害を加えないよう仕掛けが施されているのだが、そのダンジョンは商人が借金のかたで手に入れた物で、元の持ち主の貴族は夜逃げして行方知れずだった。

 夜逃げした貴族が設計費をケチったのか、大した規模ではなかったが、それでもかなり難儀したのを憶えている。

「殺されたのか」

 ロッドは尋ねた。

「いいや。老衰だそうだ」

「ただの老衰で新聞に載るとは、この街も平和になったものだな」

 ロッドが言うと、モガールは面白がるように壁新聞を示した。

「そうでもない。新聞によれば、ドミナスはかなりの財産を溜め込んでたらしい。ところが奴の親族は、変わり者のじい様を毛嫌いして、ほとんど寄り付かなかったそうだ。代わりにじい様の身の回りの面倒を見ていたのが、十年くらい前にじい様がどこぞで拾ってきた小娘だ。ついでに言うと、その娘はダンジョンマスターのただ一人の弟子って事になってる」

「薄情な親族を見捨てて、弟子に遺産を残したのか」

「いや。そこまでは書いてないが。その可能性はあるだろうな。遺書の内容にもよるが、こいつはきな臭い事になりそうだぜ」

「遺書があるのか」

「それもわからん。まぁ、数日もすれば続報があるだろう。状況が状況だ。遺書がなけりゃ修羅場だが、あった所でどうなる事か」

「弟子と親族、あるいは親族同士の遺産争いか。脅しに嫌がらせ、犯人捜しに護衛役。なんにせよ、冒険者の出番になる」

「そういうこった。遺産を当て込んで、たっぷりと報酬を弾んでくれるかもしれないぜ」

「私の所に話しが来たら、お前を紹介するよ」

 つまらなそうに鼻を鳴らすと、ロッドは言った。

「いいのかよ」

「骨肉の争いに付け込んで稼がなきゃならない程困っちゃいない。お前にはその報酬で、賭けの借金を返してもらうさ」

「そん時はたっぷり利子をつけてやるよ!」

 呑気なモガールに、ロッドは肩をすくめて答えた。


 翌日には、『ダンジョンマスター』ドミナス=ウォールウォーカーの遺産に関する続報が壁新聞を飾った。

 結論から言えば、冒険者にとって面白いような事は何一つ書いていなかった。

 変わり者のダンジョンマスターは、噂に反してかなりしっかりとした遺書を残しており、遺産は公平に親族へと分けられた。

 この様子では、骨肉の争いは起こりそうにない。

 モガールも含めて、おこぼれを期待していた冒険者達はがっかりしていた。

 一方で、この続報にはロッドも不満を感じていた。

 ドミナスや彼を取り巻く人間模様について、何一つ知る事のないロッドだが、女の貴重な青春を費やして晩年の面倒を見た弟子とやらに、金貨の一枚も残さないというのは、酷く薄情で道理に反するように思えた。

 一部の新聞はその事について言及しており、親族による遺書の書き換えの可能性を示唆していた。それを見たモガールは、もう一波乱を期待していたが、そうはならないだろうとロッドは見ていた。

 弟子が遺産を相続し、親族がそれに異を唱えると言うのなら、そこで生まれるごたごたで冒険者の出る幕はあるだろう。あるいは、遺産の配分の偏りで親族同士が揉めた場合も同じ事だ。しかし、親族達が満足し、哀れな小娘一人が割を食った今の状況では、冒険者の出る幕はないように思える。

 こういう時、弱い者は泣き寝入りをする他にない。

 元々、ドミナスに拾われたような身の上の娘だ。

 冒険者を雇うような金だって、持っているか怪しい所である。

 だからこそロッドは、せめて一人で生きられる程度の金を残してやるのが、拾った者の義理なのではないかと、密かに義憤に駆られるのだった。

 そうは言っても、所詮は他人事である。

 この程度の不条理など、この街では珍しくない。

 明日には、ダンジョンマスターの遺産の事など、誰も覚えてはいないだろう。

 それが分かっているからこそ、今この時、自分くらいは、名も知らぬ哀れな娘の為に怒ってやるべきだろうと、ロッドは思うのだった。

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