12.溺れているのは僕だけです(side 歩) 第1話
照り付ける太陽にいつもは朝から辟易してしまうのに、今だけはどんなに暑くても平気だと感じるほどに僕は浮かれていた。
まさか叶うはずのない恋が叶ってしまうなんて!
むしろありがとうと太陽に感謝さえしたくなるほど。
気を引き締めなければ緩む頬を手で隠し、ぐっと歯を噛んで抑える。平静を装わなければ平静を保てない今の状況に、嬉しさを感じながら仕事に励むのだが、どうしたって視線は彼女を追ってしまうんだ。
「ん? どうした? 何かある?」
「あ、いや特には、特に何もありません……」
いつだって余裕な彼女に悔しくなりながらも、気付いてくれた事に内心では喜んでいた。
仕事が早く終わったら、デートに誘ってもいいだろうか。
いや、こうがっついてばかりだと呆れられてしまうだろうか。
だけどやっぱり出来る限りの時間ずっと一緒にいたいと思うのはダメなのだろうか。
ぐだぐだと考えながらも仕事の手は動く。手に付かないどころか、逆に捗るのでそれに自分でも驚きながら仕事を進めた。
昼前に外回りに出る旨を伝えると、笑顔で「行ってらっしゃい」と軽く手まで振ってもらえて僕はそれだけで舞い上がっていた。
頑張れる。昼からある商談だって成功させてみせると意気込みながら外へ出る。照り付ける太陽にさえ余裕をもって微笑み返せる僕は無敵だと勘違い出来るほどに!!
外回りに出たタイミングで僕は彼女にメッセージを送った。すぐに返って来ない事は分かっている。早くても昼休みになるのだろう。
そう分かっているのにチラチラとスマホを見てしまうのはどうしてだろうか。
スマホを握り締めたまま電車に乗っていると返信がきた。
『いいよ』
たった3文字なのにそれだけでガッツポーズしたくなるほど喜べる。その3文字は僕が送った『一緒に帰りましょう』の返事だったから。
早く商談を終わらせて仕事も終わらせて、彩葉と一緒に帰ろう。断られなければどこかで夕飯も食べたい。
だけどそうやって浮かれていられたのもその日だけで、翌日からは断られてしまう。
金曜日は中山主任との約束があると聞いていたからそこは仕方ないとして、他は良く分からないけど元々予定があったのかもしれない。
なんだろう、このお預け感?
足りない! 足りない! 僕の中の彩葉が欠乏していく。
だから土日は僕の家に来てくださいと誘ったのだ。
*
「いらっしゃい」
土曜の18時過ぎになってやっと彩葉が家に来た。
「遅くなってごめんね?」
「ほんと遅いです。待ちくたびれました」
そのまま抱き締めてキスの一つでもしないと僕は満たされないというのに、彩葉は僕の腕を避けて中に入っていく。
なんだよ、もう。
後を追って行くと彩葉はローテーブルに買い物袋をどさりと置いた。だから僕は彩葉の背中にくっついて肩に顎をのせてそれを覗き込む。
「何をそんなにたくさん買って来たんですか? って言うかそれ何人分?」
食糧、……というかスーパーで売られている小分けの惣菜がいくつもいくつも袋から出て来る。
「何が好きか分からなくて色々買ってたらこんなになっちゃったんだよね、へへ、ごめんね」
「だから聞いてくれたらいいのに……。でも、彩葉が買って来てくれたもの全部好きですよ」
言いながら、すん、と匂いを嗅いだ。惣菜から漏れた美味しい匂いを嗅いだつもりだったが、僕の鼻に辿り着いたのは彩葉の匂い。
たまらず彩葉の腰に腕を回してぎゅうと抱き締めると彩葉は、どうしたの? と余裕な顔をして笑うから僕は面白くない。
いつだって僕ばかり。欲しいと思ってるのは僕だけじゃないのかと思ってしまう。
「彩葉」
「なに歩くん?」
「彩葉」
「どうしたの? くすぐったいよ」
彩葉の首に鼻を押し付けるけど、それだって余裕で躱される。もう一度ぎゅうと抱き締めて彩葉のカットソーの裾から手を差し入れると、ちょっと待ってと止められるので僕は今度こそ不貞腐れた。
「お腹空いてない? 先に食べようよ?」
「先に彩葉を食べたい」
「そっ、そんな事言って」
「無理、待てない」
「ご飯……」
「やだ。こっち向いて彩葉」
目だけこちらに向ける彩葉の顔にそっと手を当てて、僕の方へと顔を向けると食べるみたいに彩葉の唇を奪った。
「もう」
そう言いながらもゆっくり応えてくれる彩葉に僕は溺れる。重ねる毎に満たされていくのを感じて彩葉の甘さに酔うと、僕は彩葉を押し倒してシャツを脱ぎ捨てた。
目が覚めると僕の隣には愛しい彼女が寝ていた。ぬくもりが欲しくて腕を伸ばして彩葉に抱き付く。そんな幸せな気持ちで二度寝しようとしていると、彩葉の動く気配がした。
もしかして起こしたかな、とも思うが起こされるまでこのままでいようと眠りの中に吸い込まれていると、頬をつんつんされる。くすぐったいけど目は閉じたまま待つ。
「歩くん」
寝起きの少し掠れた彩葉の声。もしかしたら何度も啼かせ過ぎたかもしれない。
「好き」
あー、朝からヤバいな。
そんな事言われたらまた襲いたくなる。そんな気持ちのまま衝動的に強く抱き締めると彩葉が、起きてたの? と驚いていた。
「んー?」
「ねえ? 歩くん? ちょっと……」
「おはよ彩葉」
少しだけ目を開けて彩葉のおでこにキスを落とすと、彩葉はきゅっと身を縮ませて固まった。
可愛いな〜。
僕だけこんなに好きみたいで本当に困る。それで余裕がある彼女にも困る。
彩葉も僕でいっぱいになればいいのにと思いながら、二人でゆったりとした休日を過ごしたのだった。
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