9.この想い理解不能です(side 歩) 第1話

 なんだよ遊園地って……。意味分かんねー、と悪態をつく。

 雨でも降れば中止になるかもしれないが、空を仰いでみても雲一つない晴天。雨なんて降るはずもない。


「やっぱり最初に乗るのは絶叫系よね?」


 友梨が楽しそうだから仕方ないかと半分諦めモードでいると、友梨がそれを指摘してくる。黙っててくれればいいのに。


「あら? 歩はやっぱり苦手なの?」

「そんなわけ……、もう子どもじゃないのに……、誰が嫌いだって言ったんだよ……」

「嫌いなんて言ってないけど……、苦手じゃなくて嫌いだったのね」

「え? そうなの、松……じゃなくて歩くん?」


 ほら、月見里さんにまでバレたじゃないか。どうしてくれんだよ。


「はっ、だ、誰が! ほら絶叫系に行くんでしょ」


 もうこうなったらヤケクソだ、とずんずん進んでいると横に月見里さんが並ぶ。


「言ってくれれば良かったのに」

「言いませんよ」


 恥ずかしいのに。


「なんで? じゃあ怖くないやつから乗る?」

「馬鹿にしてるんですか? これで弱みを握ったとか思わないでくださいね」

「え、何で弱み?」

「それは、……もういいです。いいから乗りますよ」


 これ、と目の前にあった大きなジェットコースターを指差す。もういいから早く終わらせてくれ、とそう祈るしかない。

 だが順番待ちする間にもどんどん気分が悪くなっていく。だけど負ける訳にはいかない。

 冷静に考えれば何の勝負に挑んでいるのか甚だ謎だが、この時は負けん気だけで自分を必死に保つしかなかった。


「歩くん、どこに座る?」

「ドコデモ」

「じゃあ一番前ね! 一番前が一番怖くないんだよ!」


 なんだそれ!

 一番前が一番怖いだろ、と思いながらも嫌だなんて言えなくて発車した途端、恐怖に全てが吹っ飛んだ。


「キャーーー!!」


 隣で叫ぶ月見里さんの事も気にならないくらい、僕は真っ白になっていた。


「いやー、怖かったね? ね? 歩くん?」


 真っ白を通り越し、真っ青の僕の肩を揺らす月見里さんの顔を見てちょっとだけ安心する。

良かった僕は生きている。無事に生還出来たんだと。

 だけど頭の中はまだぐわんぐわん揺れていた。


「あっちのベンチまで頑張って」


 月見里さんと反対側を湊くんに支えられベンチに座らされる。ことごとくみっともない。

 月見里さんが友梨と湊くんにここは任せてと言っていた。


「ほんと大丈夫? お水買ってくるね」


 月見里さんがそう言うのを聞いて咄嗟に「居て」と言ってしまっていた。相当参ってる証拠だけど一人にされたくなかった。そんな事を思うなんて僕はやっぱり子どもみたいだ。

 するといつかのように背中に温かい手が添えられる。それから僕の真っ青な気分が落ち着くようにと優しく撫でられた。

 それを懐かしいと感じるのは最近の事ではない。もっともっと昔。そう、本当に僕が子どもだった時。


「昔、友梨にもやってもらった」


 ふとよみがえる遠い昔の思い出。

 あれは、でもこの心地よさとは違う。月見里さんの温かい手はどこまでも僕の心を落ち着かせてくれる。


 魔法の手。


 胸の苦しさを和らげてくれる温かい手のぬくもりにずっと甘えていたくなりそうだ。




 その心地よい手をぎゅっと握り込んでいると気付いたのはおばけ屋敷に入ってからだった。

 こんな作り物に対して怖がるなんて何が怖いのか分からない。おどかしに来る人だって、ただそれらしくメイクしてるだけじゃないか。

 あんなに怖いジェットコースターには乗れるのに、こんな所で怖がるなんてそれこそ謎だ。

 どこかで叫び声が上がった時、僕の後ろでも短く叫ぶ声があった。振り向くと握り拳で口をおおっている月見里さんだった。


「怖いんですか?」


 それに月見里さんはそのポーズのまま首を横に振る。それが何かのキャラクターに見えて、ああそうだと思い至る。


「そんなドラえもんみたいな手して……。ほら貸してください」


 ドラえもんの手は僕にとっては大事な魔法の手なのに――とその強く握られた手を取り、指を一本一本開いていく。


「まつ、おか、くん?」

「何ですか? 変な所で我慢しないでください。ほら、手の平に爪が食い込んでるじゃないですか、痛くないです?」

「うん」

「馬鹿ですね」


 ホント馬鹿。我慢なんてしなければいいのに。僕がいるんだから、頼ればいいのに。ああ、そうだ。この人は頼るのも甘えるのも下手なんだよな、と笑いが漏れた。

 ほら甘える練習だ、と言わんばかりに腕を差し出すが彼女は間抜けにもその意味をはかりかねて口を開けている。


「ほら友梨みたいにしてください。友梨が湊くんにしてたみたいに……。ほら早く!」

「あ、はい」


 ぎゅうと引っ付かれたそのぬくもりに安心したのは僕の方だった。


「じゃあ行きますよ」

「ゆっくりで、お願いします」

「はいはい」


 なんだろう、この感じ。心地よくて、楽しくて、嬉しくて、ずっとこのままでいたいと望んでしまいそうな感覚。

 今までに感じた事のない感覚に触れて戸惑いながらも僕は心から楽しんでいた。




 遊園地からの帰り、月見里さんと一緒に電車に乗る。


「楽しかった、ね。そうだ、いっぱい写真撮ったんだよ、あとで送るから」

「何か撮ってるな、とは思ったんですよね」

「へへへ、カメラマン月見里が二人の自然な表情を撮影させていただきました!」

「今見せてくださいよ」

「いいよ、ちょっと待ってね」


 鞄からスマホを出した月見里さんは画像を表示させるとそれを僕に見せてくれる。友梨と一緒に笑う一枚に自然と目が行った。


「ほんとだ、僕も笑ってますね」

「でしょ!」


 それから友梨と湊くんが写っているものに見切れた僕がいたり、……でも今日は4人で行ったのにどこにも月見里さんの姿がない。


「あれ、月見里さんが全然写ってないじゃないですか」

「そりゃそうだよ、カメラマンだもん」

「なんで……」

「なんで?」


 なんでって今日は三人じゃない。四人で行ったんだ。


「何でもないです。でも今度は一緒に写ってくださいね。僕も撮りますから、これじゃまるで……」


 月見里さんの楽しい思い出はどこにもなかったよう。そんな気がして悲しくなる。

 今日一日楽しかったですか?

 無理矢理付き合わせたんじゃないですか?


「ごめんね、今度は四人で、……撮ろうね?」

「はい」


 僕の手からスマホが抜き取られる、その一瞬。少しだけ触れ合った指と指。ぎゅっと掴んでしまいたい衝動に戸惑いながらも行動にうつらないように抑えた。

 そんな自分に気付いてちょっとやっぱりおかしいと思う。そうは思うものの、何がおかしいのか、何が苦しいのか、まだ理解していなかった。


 いや、もしかしたらそれに気付きたくなかっただけかもしれない。




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