第3話
指定した駅で待ち合わせをして僕の家に向かう。家にはすでに友梨と湊くんが来ていて、買ってきたものをせっせと皿に盛り付けている事だろう。
「マカロンなんだけど、お姉さん好きかな?」
歩きながら月見里さんに聞かれるが、それ買った後で聞くんですか、とおかしくなる。
「友梨は甘いものなら何でも食べますよ」
「そっか、良かった。苦手な人もいるしさ、和菓子にしようか悩んだんだけどね……」
「聞いてくれたら良かったのに」
やっぱりおかしくて、くくっと笑いが漏れる。
「何がおかしいの?」
「だって僕彼氏なのに、頼ってもらえてないな〜と思ったら何かおかしくて。月見里さんて甘えるの下手ですね?」
「はぁ〜!? って言うか彼氏でも彼女でもないし、付き合ってないでしょ!?」
「へ〜、そんな事言ってたら今から友梨と湊くんに疑われますよ。ちゃんと彼女役全うしてくださいね! そうだ、『松岡くん』なんて他人行儀に呼んだらダメですからね!」
「待って、……え、それって松岡くんも私を『月見里さん』って呼んだらダメなんじゃないの?」
そんなの当たり前でしょう、と声のトーンを低く落とす。
「分かってるよ、彩葉」
「!!!」
その顔見たかったやつだ、と内心で楽しんでいた。
「ほら今度は彩葉の番だよ。僕の名前、呼んでみて。……ねえ僕の名前知ってる?」
いい気分のままにからかってみるのだが、
……まさかこんなの不意打ちだ。
「知ってるよ、歩くん」
月見里さんから聞いたこともない女の艶ある声が出てきた。しかもちゃんと名前を知っていてくれて、いつも『松岡くん』としか呼ばない口から、まさか下の名前で呼ばれるなんて……。
それに驚いた僕に向かって、つんと顎を上げる月見里さんは大人ぽくて少しだけ見惚れてしまっていた。だからもう一度名前を呼ばれるなんて思ってもなくて、またもや不意打ちを喰らう。
「さ、行こっか。歩くん」
からかうつもりが、まさかからかわれるなんて思いもしなかったんだ。
改めて挨拶をし合う友梨と月見里さん。湊くんを紹介したあと友梨が月見里さんに、同い年くらい? と訊いている。
「同じじゃないよ、友梨が一つ上」
まあ一つも二つもそう大して変わらないのかもしれない。だけど僕だけ何でこんなに歳が離れているのだろうと、またそんな些細な事に苛立つ。
「もう、歩は細かいんだから。因みに湊くんは私の二つ上よ。湊くん格好いいでしょ」
「はい」
友梨の惚気なんかに付き合わなくたっていいのに。それにしたって自分の婚約者を格好いいでしょ、って紹介するなんて、ホントどんだけ湊くんの事が好きなんだろうか。
「妬かない、妬かない歩。彩葉ちゃんが湊くんに見惚れてるからって、男の嫉妬は醜いんだよ」
「うるさいよ友梨」
別に月見里さんが誰に見惚れてたって知った事ではない。
「ほらほら歩、彩葉ちゃんに飲み物出してあげて」
そう友梨に促されるまま冷蔵庫を開けると月見里さんに缶ビールや缶チューハイを見せる。
「何がいい? ビールにします?」
「あ、うん。ビールで」
ビールを受け取ってくれる月見里さんの横を皿を持った湊くんが通る。
「手伝います」
「大丈夫、座っていてくださいね」
「はっ、はい」
ほら、どこまでお人好しなんだよこの人は。今日は僕たちの都合に巻き込まれているようなものなのに。お客様なんだから大人しく座っておけばいいのに、と理不尽にも若干腹を立てた僕はつい月見里さんの手首を引っ張っていた。
*
「ごめん、ちょっとコンビニ行って来る」
「え、歩くん?」
月見里さんを一人にしてしまうと思ったが、どうにもイライラとしてしまい理由をつけて外へ出た。
「あーー、もうっ」
頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
友梨と湊くんの結婚まではどうにか許すとしよう。だけどなんでアメリカなんだよ。アメリカなんて日本と違って危ないし、いつ友梨が危ない目に合うか分からない。それに友梨、英語は全然ダメだし……。どうすんだよほんとに何かあったら、友梨に何かあったら。そう思っていると湊くんが出てきた。
「歩くんコンビニ行こうか?」
それに返事もせず、僕はコンビニへと向かう。
分かってる。こんな子供っぽい態度を取る僕に対して湊くんは大人な態度で、僕を傷付けないようにと考え接してくれている事を。
敵わない。
敵うはずがない。
湊くんには一生敵わないんだ。分かってるから余計に自分に腹が立つ。何も出来ないのに、子供っぽくイライラしてばかりで最低だ。
「彩葉さん、良い人だね」
そんな事分かってるよ、と返事もせず頷く。
いつも一緒に仕事してるんだし、良い人なのは仕事を見てたら良く分かる。それにお人好しで、お節介。
分かってる。
みんな僕より出来た人間なんだってこと。自分だけ年齢が下だと気にするくらいなら、みんなに見合うくらいに大人になればいいんだって事も頭では分かってるのに、上手くいかないのはどうしてだろう。
「湊くんはいつも余裕だよね」
「え? 余裕なんてないよ。いつもいっぱいいっぱいだったりするけど、大切な人がいるから頑張れるんだ。歩くんもその内分かると思うよ。大切な人がいるとその人のために頑張れるんだってこと」
僕の大切な人は友梨だけど、友梨のために頑張った事なんてないかもしれないと思った。
ほらやっぱり僕はまだまだ子供なんだと項垂れながらコンビニに入った。
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