第4話

 そして、その遊園地デートの日はすぐにやって来る。

 だけど遊園地と決まってからの松岡くんはあまり機嫌が良くなくて、私と一緒なんて嫌だから? とか仲の良い友梨さんと湊さん二人の姿を間近で見たくないから? とかあれこれと悪い方向に考えてしまう。

 だけど機嫌の悪い理由は遊園地に入ってすぐに分かることとなる。


「やっぱり最初に乗るのは絶叫系よね?」


 遊園地マップを楽しそうに広げる友梨さんとは対照的な顔の松岡くん。


「あら? 歩はやっぱり苦手なの?」

「そんなわけ……、もう子どもじゃないのに……、誰が、嫌いだって言ったんだよ……」

「嫌いなんて言ってないけど、苦手じゃなくて嫌いだったのね」

「え? そうなの、松……じゃなくて歩くん?」

「はっ、だ、誰が! ほら絶叫系に行くんでしょ」


 私は友梨さんと目を見合わせて肩を上げ、松岡くんを追った。後ろから楽しそうに笑う友梨さんと湊さんの声が聞こえる。


「言ってくれれば良かったのに」


 そう言いながら松岡くんの横に並ぶと睨まれる。


「言いませんよ」

「なんで? じゃあ怖くないやつから乗る?」

「馬鹿にしてるんですか? これで弱みを握ったとか思わないでくださいね」

「え、何で弱み?」

「それは、……もういいです。いいから乗りますよ、これ」


 と、松岡くんが指差すのは園内で一番怖いと名高いジェットコースター。絶叫系好きな私でもちょっと緊張するのに松岡くんは本当に大丈夫だろうかと心配になる。

 それは友梨さんも同じで、しきりに「大丈夫?」と聞いてくるのが癪に触ったのか松岡くんは更に意地になって後戻りできなくなっていた。


 その結果、顔面蒼白の松岡くんが出来上がり、ひとまずベンチに座らせる。


「ここは私に任せてください。友梨さんと湊さんは折角だから楽しんで来てくださいね!」

「ほんと? 大丈夫? 何かあったら連絡してね?」


 心配そうな二人の背中を押して振り返ると松岡くんは両手で顔を覆っている。


「ほんと大丈夫?」


 反応が返って来ない、と言うことは相当マズい状態かもしれないと心配になる。

 だが、お水買ってくるねと言うとか細く「居て」と言われ、仕方なく隣に腰を下ろした。広い背中を優しく撫でる。少しでも落ち着きますように、早くよくなりますように、と願いながら。

 しばらくそれを続けていると、ぼそっと口を開く松岡くんの声が聞き取れなくて耳を寄せた。


「昔、友梨にもやってもらった」


 悪かったわね友梨さんじゃなく私なんかで、といつもなら吐きそうな悪態をぐっと堪えてまた背中を撫でる。

 だって私は友梨さんの代わりだもん……。

 代わりになれているかは分からないけど、少しでも松岡くんが楽になってくれたらいいなと思うのだった。


 昼前には落ち着いた松岡くんと一緒に友梨さんたちと合流し、友梨さんの希望でメリーゴーランドに乗る。


「湊くん、王子様みたいだよ」


 白馬に跨がる湊さん。その後ろには仏頂面の松岡くん。


「歩くんも湊さんみたいにスマイルだよ! イケメンなのに勿体ない。それじゃせっかくのカッコいい顔が台無しだよ?」


 と私が言うと、ウザいと言わんばかりの顔をされる。

 なんて言うか最近、松岡くんの私に対する態度、良くないよね? これでも彼女(役)なのに……。


「なんか酷くない?」

「酷くないです」


 ほらやっぱり酷い。

 でも、そんな言い合える関係がちょっと楽しいのも事実。


「ふふ、仲良しね、二人とも」


 そう友梨さんに言われて、まんざらでもなくへらりと笑う私の顔を見て、こっそりと松岡くんが「ブサイク、別に仲良くないし」と言って来る。


 前言撤回。全然嬉しくない。

――どうせ友梨さんみたいに美人じゃないもん。ブサイクで悪かったわね!



 園内のレストランで食事を摂り、それからいくつかの乗り物に乗った。もちろん松岡くんでも大丈夫なものを選んで。

 そろそろ流石に疲れたね、と友梨さんが言ったのを待っていたかのように、湊さんが嬉々として口を開く。


「それじゃあそろそろ、おばけ屋敷に行こうか!」

「湊くん好きだね」

「外せないでしょ? むしろメインだと思ってる」

「メインは大観覧車じゃないの?」

「そうなの? じゃあ後で大観覧車にも乗ろうか」

「はーい!」


 ほんわかした二人のやり取りを微笑ましく見ていると松岡くんに、行きますよ、と急かされる。

 置いて行かれないようにと足を動かすが、いや待てよ彩葉、と自分に問い掛ける。


 ……おばけ屋敷、……って怖い、よね?


 しかしそんな私の事など前を行く三人が知る由もなく足取りは軽い。対して私はおばけ屋敷が近付くにつれて足取りが重くぞわぞわと震えて来た。

 そんな遅れている私に気付いた松岡くんが振り返る。


「何してるんですか彩葉? もしかして怖いんですか?」

「そっ、そんな訳ない、じゃん。大丈夫だよ〜、あはははは……」


 松岡くんの前で怖いなんて言ったら、弱みを握ったと馬鹿にされそうで我慢する。しかし引きつった頬は誤魔化せない。


「なんだ。怖いなら手繋いであげてもいいかと思ったんですけど、必要ないですね」


 イタズラを楽しむような顔の松岡くん。


「うん、大丈夫だよ、ヘーキヘーキ!」

「ですよね〜」


 そんなやり取りをしているうちにあっという間におばけ屋敷の入口に来ていた。


「私と湊くんが先に入るね! それじゃあ出口で待ってるから」

「行ってらっしゃい〜、ビビんなよ友梨!」

「えー無理、怖いもん! 湊くんに守ってもらうんだから! じゃあね〜」


 友梨さんは湊さんの腕に自分の両腕を絡みつかせながら二人は闇の中へ消えて行った。

中から、キャーー、と叫ぶ友梨さんの声を聞いた私が不必要に緊張したことは言うまでもない。



「それでは行ってらっしゃい」


 入口の案内係に促され、松岡くんそして私は暗い扉の中へ身を潜らせる。

 青暗い所に白い灯りがぼんやりと浮かび、ひんやりとした空気に、どこからか冷たく湿気を帯びた風が吹いて恐怖を煽ってくる。

 BGMだと分かってはいても、ヒュードロドロ、と聞こえる音に心臓は早鐘をうつ。

 知らず知らずの内にへっぴり腰になりながらも、平気な顔で進む松岡くんに置いて行かれないように必死に着いて行った。


 見ない、見ない、何もない!

 聞こえない、聞こえない!


 必死に五感を閉じようと手の指をぎゅっと握り込む――とその時どこかで悲鳴が聞こえ、思わず、キャッ――と漏らした私は握り込んだ手のまま口を押さえた。


「怖いんですか?」


 松岡くんの呆れた声に私はそのまま首を横に振る。


「そんなドラえもんみたいな手して……。ほら貸してください」


 言いながら私の握り固まった右手を取ると、ゆっくりと指を開いてくれる。


「まつ、おか、くん?」

「何ですか? 変な所で我慢しないでください。ほら、手の平に爪が食い込んでるじゃないですか、痛くないです?」

「うん」


 馬鹿ですね、と笑う松岡くんの顔を見て胸がまた痛む。

 左手も同じように解いてくれると松岡くんは私に向かって腕を差し出してくる。その意味をはかりかねてポカンとしていると、


「ほら友梨みたいにしてください。友梨が湊くんにしてたみたいに……。ほら早く!」

「あ、はい」


 恐る恐るその腕に手の平を当てて、なるようになれと引っ付く。


「じゃあ行きますよ」

「ゆっくりで、お願いします」

「はいはい」


 口調はあれだけど、松岡くんの纏う空気が柔らかくなっていた。

 これはきっと、後でからかいのネタにされるんだろうなと覚悟したのに、松岡くんはこのことで私を揶揄うことはなかったのだった。


 途中で目をつむった私を丁寧に出口まで導いてくれた松岡くんにお礼を言いながら外に出ると先に出ていた友梨さんと湊さんが、こっち、と手を振っている。


「彩葉ちゃん大丈夫だった? すっごい怖かったね!!」

「はい、すっごく怖くてもう途中で目を閉じちゃいました」

「だよね、だよね、もうおばけ屋敷はいいよー」

「私ももう入りたくないです」

「うん、頑張ったご褒美に大観覧車乗らなくちゃね!」

「友梨はおばけ屋敷関係なくても大観覧車乗るでしょ?」

「もう、歩、そんな意地悪なこと言わないでよ!」


 仲の良い姉弟に私は思わず、ふふふ、と笑う。

 大観覧車でも、二人ずつで乗ろうかと提案して来る友梨さんに私は、四人で乗りませんか? と言うと、友梨さんと湊さんが目を合わせ松岡くんからは睨まれる。

 でも、さっきのおばけ屋敷でも松岡くんは友梨さんと一緒にいれなかったのに、最後の大観覧車まで一緒になれないのは何だか悲しくて私はどうにかしたかったのだ。

 それに松岡くんの優しい温もりと匂いが離れなくて、なのに二人きりになんてされたらどうしていいか分からなくてそわそわしてしまいそう。


「彩葉ちゃんがいいなら……。私と湊くんが一緒でもいいの?」

「はい。みんなで乗りたいんです!」

「そうね! 折角四人で来たんだもん。最後はみんなで乗ろうか!」


 後ろで松岡くんが、余計な事をと呟いたのが聞こえたけど私は聞こえてないフリをして、行きましょうと張り切って先頭を進む。

 手の平にはまだ、さっきの松岡くんの腕の温もりが残っていた。



 大観覧車が間もなく頂上に到達する。オレンジに輝く夕陽が遠くに沈んで行くのをゆっくり見ながら、今日は楽しかったね、と友梨さんが口を開いた。


「はい。また遊びたいですね」

「うん、次はどこに行こうか?」

「もう次の話し? 早くない?」

「早くない! 来週と再来週はダメなんだよね、三週間後の土曜なら空いてるんだけど、彩葉ちゃんは?」

「私も特に予定ないですよ」

「予定ないなんて寂しいですね」

「そこは歩が彩葉ちゃんをデートに誘って予定を埋めるべきでしょ!?」

「あ、いや、あーー、まあね。そうだね」

「もう、……彩葉ちゃんごめんね、こんな弟だけど見捨てないでね?」

「は、はい」

「それじゃあ三週間後の土曜日はどこに行こうか?」


 植物園、水族館、動物園、と無難なデートスポットから湊さんが、水族館に行きたいな、と言った事ですぐに決まった。

 オレンジに染まっていた空がゆっくりその色を変えて行く。淡い紫に染まった頃、私たちを乗せていたゴンドラは一番下に到着した。



 遊園地を出て最寄り駅に到着し、路線の違う友梨さんと湊さんと別れる。

 揺れる電車の中で松岡くんが車窓の外を見たまま、ありがとうございます、と言う。


「楽しかったね。そうだ、いっぱい写真撮ったんだよ、あとで送るから」


 私はスマホでたくさんの写真を撮っていた。出来るだけ友梨さんと松岡くんが笑っている、そんな写真を。


「何か撮ってるな、とは思ったんですよね」

「へへへ、カメラマン月見里が二人の自然な表情を撮影させていただきました!」

「今見せてくださいよ」

「いいよ、ちょっと待ってね」


 私はスマホを出して撮ったばかりの画像を表示させると松岡くんに見せた。


「ほんとだ、僕も笑ってますね」

「でしょ!」

「あれ、月見里さんが全然写ってないじゃないですか」

「そりゃそうだよ、カメラマンだもん」

「なんで……」

「なんで?」


 疑問を疑問で返すと、松岡くんは頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。


「何でもないです。でも今度は一緒に写ってくださいね。僕も撮りますから、これじゃまるで……」


 その続きは声にならなくて分からなかったけど、もしかしてと思い当たる。

 友梨さんと湊さんの恋路を邪魔しているように見えたのかもしれない。……良かれと思ってしたことだったけど、余計な事をしてしまったかもしれない。


「ごめんね、今度は四人で、……撮ろうね?」

「はい」


 力なく頷く松岡くんからスマホを返してもらう。その時に触れた指からおばけ屋敷での出来事を思い出してしまった。

 握り込んだ私の指を解く優しい松岡くんの手に再びドキリと胸が鳴る。その正体に気付きたくなくて、私はまた指をぎゅっと握り込んだ。




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