第327話 ヤマダとヒシマ


 俺とヤマダさんとヒシマさんは<クラウドメーカー>を破壊した後、軌道エレベータの第二エレベーターを使ってオービタルリングに向かっていた。

 その道中は驚くほど何事も無く順調そのものだった。


「敵の待ち伏せすら無いなんて、何だか拍子抜けするなぁ」


『恐らく残りの戦力をオービタルリングの防衛に回しているんだろう。こりゃあ到着したら総力戦になるな』


『だったら今のうちに飯にしようぜ。腹が減っては戦は出来ないからな』


『……お前はただ飯が食いたいだけだろが。でも、確かに食える時に食っとかないとな。戦闘になったら食べるどころじゃなくなるし』


 第二エレベーターから見える空を眺めながらティリアリア達から貰った携帯食用ボックスを開けた。

 中にはおにぎり、サンドイッチ、クッキーが入っていて食べ応えがある。最初におにぎりに手を伸ばすとメッセージカードが入っている事に気が付いた。

 手に取って見るとそこにはティリアリア、クリスティーナ、フレイア、シェリンドンの四人がデフォルメされたキャラクターが描いてあり、『がんばれ!』と添えられていた。


「これは……」


 メッセージカードに触れ四人の姿を思い描き、そして改めて誓う。――必ず生きて帰る。

 カードに描かれた絵を見ながら食事を摂っていると二人がニヤニヤしているのに気が付く。


「な……何ですか二人して笑って……」


『いやいやいや、お前は奥方たちに愛されてるなぁと思ってさ』


『弁当箱に入っていたメッセージカード、当然お前も気が付いただろ? 日本語で書いてあるけどお前が教えたのか?』


「えっ? ……あ、本当だ。日本語で書いてある」


 メッセージカードに書かれた『がんばれ!』は『テラガイア』の言語ではなく日本語で書かれていた。

 今となっては懐かしい、転生前に使っていた文字と言葉。それとこんな形で再会するとは思わなかった。しかもこんなに優しい内容で――。


「……以前、俺が転生者だと告白した時に俺の国の言葉を教えて欲しいって言われて教えたんです。はは……気が付かなかった……」


『こりゃあ、ちゃんと帰らないと怒られるな』


「はい、生きて帰りましょう。必ず……!」


『それにしても、おにぎりもサンドイッチも美味いな! もぐもぐもぐ……んぐ! みず、みずぅ……』


 ヒシマさんは胸を叩きながら飲み物を飲んでいく。すぐに喉のつかえは解消され額の汗を拭う。

 ヤマダさんは大きく溜息を吐くと怒鳴り散らした。


『お前はいつもいつも話の腰を折って……しかも何だそのベタな感じ。行動が一々古くさいんだよお前はっ!!』


『しょうが無いだろ、実際いい歳をしたジジイなんだからよ。転生前で五十過ぎだぞ! 今の年齢にそれ合わせたら八十オーバーだ。立派な爺さんでしょうが!!』


『開き直るな、この馬鹿たれが! ったく、そうやって逆ギレするのはガキの頃から変わんねえな』


 呆れるヤマダさんと笑いながら食べ進めていくヒシマさん。二人のコントを見ながらティリアリア達が作ってくれた弁当を食べる。

 時々笑って吹き出しそうになるも無事に完食した。


「ご馳走様でした」


『ご馳走様、美味しかったよ。おにぎりとサンドイッチに入ってたツナマヨって初めて食べたけどメッチャ美味かった。世界が広がった気がしたわ』


「えっ、そうなんですか!? 今までどうやってツナマヨを避けて生きてきたんですか?」


『ごちそうさん! あー食った食った、美味かったぁ。――ヤマダは食わず嫌いが多いからな。インテリぶってるクセに偏食なんだよ、こいつ』


『別にインテリぶってないっつーの! 人間何かしら苦手な物はあるだろ』


「ヤマダさん、そうやって開き直ってちゃヒシマさんの事どうこう言えないですよ」


 笑いながら指摘するとヤマダさんはショックを受けた様子を見せ、ヒシマさんは爆笑していた。

 食事が終わり一息つくと転生してからの二人について気になっていた事を訊ねた。


「ヤマダさんとヒシマさんは本気を出せば転生者の中でトップクラスの実力を持っているのにずっとサポート役に徹していましたよね。あれって皆の成長を促す為……ですよね?」


『そんな大それたもんじゃないよ。実際はお悩み相談みたいなもんさ』


「……大した事ありますよ。俺たち転生者が最初にぶち当たる壁がどうしてこんな状況になったんだって言う悩みじゃないですか。それを引きずったままじゃ、いつか心がおかしくなる。皆がそうならない様にヤマダさんもヒシマさんも頑張っていたんでしょう?」


 俺にとってマドック爺さんやランド教官がそうであった様にジン達にとっては二人が相談役だった。

 身近に親身になってくれる人が居ると居ないとでは自身にのし掛かる不安感は全然違う。

 もし彼らの様に支えになってくれる人物が居なかったら、俺たち転生者は全員途中で心が折れていたかも知れない。

 そんな可能性が脳裏をよぎり寒気がするとヒシマさんが俺に訊いてきた。


『ハルト、前世の記憶を思い出した時に残してきた家族の事をちゃんと考えたか?』


「……家族について考える事が出来たのは前世を思い出して少し経ってからです。それまでは状況に振り回されっぱなしで……」


『そうか……。まあ、かくいう俺たちも似たもんさ。――ただ、俺たちの場合は竜機大戦の世界に転生したって事実に浮かれてただけなんだけどな』


「それは俺も同じですよ。装機兵に乗って有頂天になってましたから」


 ヤマダさんもヒシマさんも苦笑していた。どうやら思い当たる節があるらしい。


『ロボット好きにとって実際にロボットに乗れたら嬉しいからな、仕方ねえさ。でも、俺たちは大事なことを忘れていたんだよ』


『それに気づかされたのはカーメル王と知り合い他の転生者に会った時だった。話をしてみるとどいつもこいつも転生前は俺たちの子供より年下だって事が分かった。その時になって初めて家族の事を思い返したんだ』


「……」


『妻とは何十年も連れ添い、子供たちは成人したと言ってもまだ若い……大切な家族だったんだ。それなのに俺たちはその瞬間まで気にも留めなかった。――自分たちを軽蔑したよ』


 何も言えなかった。俺も同じ事を考えた事がある。俺は自分の好きなゲームの世界にやって来たのだからまだマシだ。でも家族にとってはそうじゃない。

 世界から急に家族が居なくなったのだから。驚いただろうし悲しんだだろう。


『だから俺たちは決めたんだ。転生してきたガキ共の世話を焼こうってな。自分の家族に出来なかった分、目の前にいるこいつらの面倒を見ていく。それが俺たちがこの世界でやるべき事だと考えたんだ。まあ、これは完全に俺たちの自己満足に過ぎないんだけどな』


「そんな事ないですよ。ヤマダさんとヒシマさんだって転生者と言う状況は同じじゃないですか。自分たちだって大変なのに他の転生者を支えようなんて……俺にはそんな発想はありませんでした」


『それはお前の周囲には転生者がいなかったからだろ。シリウスだって暫くしてから行動を共にするようになったんじゃないか。俺たちとは状況が違う。それなのに良くやったよ、お前は。大したもんだ』


 同じ転生者だからだろうか、何だか家族に褒められているみたいでこそばゆい。

 きっとジン達も今の俺と同じようにヤマダさんとヒシマさんに信頼を寄せる様になったのだろう。

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